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菊家

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คำที่เกี่ยวข้อง

菊亭家

菊亭家(きくていけ)は、藤原北家閑院流西園寺家の庶流にあたる公家・華族。公家としての家格は清華家、華族としての家格は侯爵家。近代前には今出川家(いまでがわけ)の家名も併用されたが、明治以降の戸籍制度のもとで菊亭を名字に定めた。家紋は三つ紅葉。 鎌倉時代末期、太政大臣西園寺実兼の四男右大臣菊亭兼季に

柳家小菊

柳家 小菊(やなぎや こぎく)または柳家 小ぎく(読み同じ)は、落語家、音曲師の名跡。 柳家小菊 - 後∶四代目柳家小さん 柳家小ぎく - 後∶春風亭柳語楼 柳家小ぎく - 後∶二十四代目昔々亭桃太郎 1973年 - 二代目柳家紫朝(四代目鶴賀喜代太夫)に入門。 1976年 - ゴールデン・アロー賞

柳家菊語楼

1999年2月19日)は、福岡県北九州市八幡西区出身の落語家。本名∶長村 禎人。出囃子∶『博多どんたく』。 1962年4月、五代目柳家小さんに入門、柳家小蝶を名乗る。 1966年5月に桂文七と共に二ツ目昇進、柳家小もんに改名。 1979年3月に二代目柳家菊語楼、橘家二三蔵、柳亭風枝、十代目翁家さん馬、五代目鈴の家馬勇の五人で真打昇進、二代目柳家菊語楼を襲名。

菊

(1)キク科の多年草。 葉は卵形で波状に切れ込み, 鋸歯がある。 頭花は大小様々で小菊・中菊・大菊の別があり, 一重また八重。 色は白・黄・赤など多様。 主に秋に咲く。 古く中国から渡来したとされ, 観賞に供されてきた。 特に近世以降, 多くの栽培品種が育成された。 花弁を食用とするものもある。 ﹝季﹞秋。 《~の香や奈良には古き仏たち/芭蕉》 (2)紋・模様の名。 菊の花や葉をかたどったもの。 → 菊花紋 (3)襲(カサネ)の色目の名。 表は白, 裏は蘇芳(スオウ)。 裏は青・紫も。 秋に着用。 菊襲(キクガサネ)。

橘家菊春・太郎

三味線を寝かせて弾き琴の音を出す)、などの三曲万歳の流れを汲む音曲漫才を得意とした。また菊春の『イヨォゥ!!』や『ハイッ!!』などの掛け声で椅子の背凭れに座っていた太郎が後ろに転倒し笑いを取っていた。また浪曲の節まねも売りであった。極めつけは松葉家奴も得意とした「魚釣り」の踊りで、ふたりとも互いに譲らなかったと言う。

菊池歩 (芸術家)

に歩くのが好きだ。そして速い。スラリと長身である上に、気になるものを見つけると急にふわりと飛んでいるかのような小走りになる。日頃お世話になっている人を見かけると、ぐるりと畑の向こう側でも、大きな声で呼びかけて、足下の新緑を巧みに

河内家菊水丸

2002年、日韓ワールドカップの日本対チュニジア戦で国歌斉唱の依頼があったが、辞退したため各紙で物議を醸した。辞退理由として「僭越である」と述べた。結局この試合の君が代は演奏のみとなった。 2005年1月24日、東京都渋谷区のNHK放送センター前の路上で、漫才師の西川のりおとともに、海老沢勝二NHK会長

菊池武夫 (法律家)

幡五郎(後の那珂通高)によって名付けられた。 1875年(明治8年)大学南校(のちの東京大学)を卒業し、明治政府の留学制度である「文部省貸費留学生規則」の第一回貸費留学生として、アメリカボストン大学法学校へ留学した。同じ留学生としては、後の日露戦争講和談判全権大使小村寿太郎や法学者鳩山和夫もいた。

五條家菊二・松枝

り、高座では女道楽や女義太夫の流れを汲む義太夫漫才を披露した。したがって主に活躍した昭和中期においても、年配向けの芸としてとらえられていた。 松枝の太棹三味線で菊二が都々逸や新内で甲高い美声を聞かせ、最後は松枝が義太夫を語るというものであった。 一回コンビを解消したことがある。理由は菊二がもう義太夫

野菊

野菊(のぎく)とは、野生の菊のことである。よく似た多くの種があり、地域によってもさまざまな種がある。 一般に栽培されている菊は、和名をキク(キク科キク属 Dendranthema grandiflorum (Ramatuelle) Kitam.)と言い、野生のものは存在せず、中国で作出されたものが伝

菊科

双子葉植物の一科。 最も分化の進んだ大きな一群で, 世界各地のあらゆる環境下に一〇〇〇属二〇〇〇〇種余りが生育する。 ほとんど草本。 いわゆる花は舌状花または管状花が多数集合した頭状花序で, 属ごとに一定の組み合わせがみられる。 観賞用としてキク・ダリヤ・マリーゴールド・コスモスなどが, 食用としてチシャ(レタス)類・シュンギク・フキ・チコリなどがある。 また, ブタクサ・ハルジョオン・セイヨウタンポポなど多数の帰化植物がある。

浦菊

キク科の越年草。 海辺の湿地に生える。 高さ約1メートル。 葉は狭披針形。 秋, 茎頂付近が分枝し, 径約3センチメートルの紫色の頭花を多数開く。 ハマシオン。

菊花

⇒ きくか(菊花)

白菊

「しらぎく(白菊)」に同じ。

菊花

〔「きっか」とも〕 (1)菊の花。 (2)菊の花の文様。 (3)六種(ムクサ)の薫物(タキモノ)の一。 菊の香に模したもので, 丁子香(チヨウジコウ)・沈香(ジンコウ)・麝香(ジヤコウ)などを練り合わせる。 秋の薫物。

観菊

菊の花を観賞すること。 菊見。

寒菊

冬に咲く菊の総称。 霜に強く, 花は小輪で観賞用に栽培される。 冬菊。 ﹝季﹞冬。

白菊

(1)白い花を咲かせる菊。 また, その花。 しろぎく。 ﹝季﹞秋。 (2)襲(カサネ)の色目の名。 表は白, 裏は蘇芳(スオウ)。 九・一〇月頃着用。

菊間

天正11年(1583年)12月13日付の里見義頼寺領充行状(田代文書)に、上総国市原荘の一角の「菊間之郷」を正善院に宛行うとの記載がある。軍記物『房総治乱記』によれば天正13年(1585年)、佐倉城主千葉邦胤を殺害した桑田万五郎が菊間で討たれた。天正18年(1590年