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รายละเอียดคำ

趙文淵

書を真似ようとしたが、上手く行かず、批判にさらされた。石碑や掲示の書については、なおも余人の及ぶところではなく、王褒もまた文淵を推していた。当時の宮殿楼閣の扁額はみな文淵の手に成るものであった。県伯下大夫に任じられ、儀同三司の位を加えられた。北周の明帝の命により江陵を訪れて、景福寺碑を書いた。後梁の

คำที่เกี่ยวข้อง

淵蓋蘇文

淵 蓋蘇文(えん がいそぶん、生年不詳 - 666年(宝蔵王25年))は、高句麗末期の大莫離支(テマクリジ・宰相)・将軍。泉蓋蘇文・泉蓋金とも記される。 『日本書紀』には伊梨柯須彌(伊梨柯須弥、いりかすみ)もしくは蓋金として現れる。このことから、姓の「淵(泉)」は高句麗語の「いり(高句麗語で「水源

高瀬文淵

を卒業して教職に就くが、後に上京して文学界に入り、雑誌『教訓』や『少年文庫』の編集に携わりながら、小説や評論を発表した。 しかし、1908年(明治41年)に自殺した川上眉山の通夜に参列したころから、ほかの文学者との交わりを絶つようになり、大正年間にはいくつかの時代小説を書くにとどまった。

船津文淵

ている。さらに菜菴という号も使っており、「印集」に落款に用いた印や蔵書印が残されている。 天保3年(1832年)から10年(1839年)にかけての『註文簿』 には、近隣の有力農家から扇子や襖、掛け軸などの絵の制作依頼が次々と来ていることが記録されている。また、嘉永2年(1849年)から安政3年(18

恵文王 (趙)

を北方の代に封じて安陽君とした。この主父の好意を見た章は、復位の機会があるのではと思うようになり、そこで策をめぐらして恵文王を殺そうとした。 恵文王4年(紀元前295年)、主父は章の不満に気づいて、章と恵文王を沙丘に呼び出して、宴席を設けて仲を取り成そうとした。その際、章は兵を配して恵文王を

金尾文淵堂

金尾文淵堂(かなおぶんえんどう)は、日本の出版社。明治から昭和初期にかけて、多数の文芸書を出版。その美しさと文学界との交流で有名であったが、戦後、社主の金尾種次郎(1879-1947)の死と共に消滅した。 元は大阪の心斎橋筋にあった小さな仏教書の版元と書店を兼ねていたが、金尾種次郎が店を継いでからは

淵蓋蘇文 (テレビドラマ)

『淵蓋蘇文』(ヨンゲソムン)は、韓国SBSで2006年7月8日から2007年6月17日まで毎週土日に放送されたテレビドラマである。日本では、KNTV、BS朝日で放送。全100話。 ヨン・ゲソムン(淵蓋蘇文):イ・テゴン(青年期)、ユ・ドングン(老年期)、ウン・ウォンジェ(子役) コ・ソヨン:イ・セウン

趙宝溝文化

趙宝溝文化(ちょうほうこうぶんか、拼音: Zhàobǎogōu wénhuà、Zhaobaogou culture)は、紀元前5400年から紀元前4500年頃に中国の北方で栄えた新石器時代の文化。遼河文明のひとつ。主に、内モンゴル自治区から河北省北部の灤河流域、およびシラムレン川とラオハ川沿いの地

淵

(1)水の深い所。 川などのよどんだ所。 ⇔ 瀬 (2)なかなかぬけ出すことのできない苦境。 「絶望の~に沈む」

淵

姓氏の一。

趙

趙(ちょう)は、中国の王朝名、地名。地名としての趙は、戦国時代の趙の版図である現在の山西省と河北省の一部を指す。 三晋の一国で戦国七雄に数えられる趙(紀元前403年 - 紀元前228年) 五胡十六国時代に匈奴の大単于に就いた劉淵が建てた漢を後継者の劉曜が改称した趙(304年 - 329年)

李淵

(566-635) 中国, 唐の初代皇帝(在位 618-626)。 高祖。 字(アザナ)は淑徳。 隋朝に仕えたが, 煬帝(ヨウダイ)の失政に乗じて挙兵, 突厥(トツケツ)の助けをかりて長安を陥し, 煬帝の孫恭帝を擁立。 煬帝の死後に即位, 長安を都として唐を建国。 次子世民(のちの太宗)の補佐を受けて中国を統一。

深淵

(1)深いふち。 (2)奥深さや限界が底知れないことのたとえ。 「欲望の~」「悲しみの~」 <i>~に臨(ノゾ)むが如(ゴト)し</i> 〔詩経(小雅, 小旻)〕 危険な状況にいることのたとえにいう。 深淵に臨んで薄氷(ハクヒヨウ)を踏むが如し。

海淵

海溝中にある最深部。 マリアナ海溝にあるチャレンジャー海淵(10924メートル)が世界最深。

淵酔

〔「えんずい」とも〕 (1)深く酔うこと。 (2)平安時代以降, 朝廷で正月と一一月の五節(ゴセチ)の翌日, または臨時の大礼などのあとに, 清涼殿において, 蔵人頭(クロウドノトウ)以下の殿上人に賜った酒宴。 歌舞・管弦などをして楽しんだ。 殿上の淵酔。 五節の淵酔。

涙淵

あふれる涙の思いの深さを淵(フチ)にたとえた語。 「~ニ沈ム/日葡」

淵源

(1)物事の成り立ってきたみなもと。 根源。 根本。 「教育の~」「~をたずねる」 (2)物事がそのことに基づいて成り立っていること。 「故に今世の開花は耶蘇教に~す/新聞雑誌 60」

淵藪

〔「淵」は魚の, 「藪」「叢」は鳥獣の集まる所〕 物事の寄り集まる所。 中心として栄えている所。 「羅馬(ローマ)は技芸の~なれば/西国立志編(正直)」

淵叢

〔「淵」は魚の, 「藪」「叢」は鳥獣の集まる所〕 物事の寄り集まる所。 中心として栄えている所。 「羅馬(ローマ)は技芸の~なれば/西国立志編(正直)」

淵底

※一※ (名) (1)ふちの底。 深い水の底。 (2)物事の奥深いところ。 究極。 「この物語の~を通達したまひしかども/戴恩記」 ※二※ (副) すっかり。 残りなく。 「コレハ~ゴ存ジノ如ク/日葡」