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รายละเอียดคำ

醇親王

醇親王(じゅんしんのう、和碩醇親王、満州語: ᡥᠣᡧᠣᡳ ᡤᡠᠯᡠ ᠴᡞᠨ ᠸᠡᠩ、転写:hošoi gulu cin wang)は、清の皇族(世襲王家)。道光帝の第7子である奕譞を初代とする。醇親王家からは光緒帝・宣統帝(溥儀)の2代の皇帝を輩出した。 奕譞 - 初代醇親王。光緒帝の実父。 載灃 -

คำที่เกี่ยวข้อง

親王

(1)天皇の子供を敬っていう語。 皇子・皇女。 (2)(父である神に対して)キリストを敬っていう語。 「神の~」「救いの~」 (3)親王。 親王宣下を受けた天皇の皇子。 「仁和のみかど, ~におましましける時に/古今(春上)」 (4)他人を敬ってその子をいう語。 「主を殺さぬ事, ~の君ぞしらせ給へる/読本・春雨(捨石丸)」

親王

〔「しんおう」の連声〕 皇族男子の身位の一。 律令制では, 天皇の兄弟・皇子をいったが, 淳仁天皇(在位 758-764)以後は親王宣下のあったもののみに限られた。 旧皇室典範では, 皇子から皇玄孫にわたる皇族男子をいった。 現制度では, 嫡出の皇男子および嫡男系嫡出の皇孫の男子をいう。 ⇔ 内親王

醇正

(1)まじりけのない, 本物である・こと(さま)。 「~ゴマ油」「行ふ所はあくまでも~純良なりと雖ども/小説神髄(逍遥)」 (2)応用や経験に関係なく, もっぱら理論や形式のみを重んじる学問上の立場。 「~化学」 ﹛派生﹜~さ(名)

醇醨

味の濃い酒と薄い酒。 転じて, 人情・風俗の醇朴なことと, 軽薄なこと。

芳醇

酒の香りが高く味がよいこと。 「~な酒」「~な香り」 ﹛派生﹜~さ(名)

醇化

(1)余分なものを取り除いて, まじりけのない純粋なものにすること。 「真と人と合して~一致せる時/三四郎(漱石)」 (2)手厚い教えによって感化すること。 「人心を~する」

至醇

この上なく純粋なこと。 少しも混じりけのないさま。 「~の心」

ニシカワ醇

ニシカワ 醇(ニシカワ じゅん、3月14日生)は、和歌山県出身の漫画家、イラストレーター。代表作は『FLY』、『王様のオーパーツ』。 以前は西川 ジュンや、本名である西川 淳をペンネームに使用していた。また、成人漫画では西川孔人のペンネームで活動している。 18歳で和歌山から上京。矢口高雄に師事し

親王家

〔古く「しんのうげ」か〕 中世以後, 親王の称号を許された皇族の家筋。 江戸時代には, 伏見宮・桂宮・有栖川宮(アリスガワノミヤ)・閑院宮の四家があった。

法親王

守覚法親王 覚行法親王 尊覚法親王 覚恵法親王 公弁法親王 真寂法親王 性円法親王 尊円法親王 覚雲法親王 慈道法親王 守澄法親王 澄覚法親王 尊朝法親王 覚法法親王 慈胤法親王 尭延法親王 最雲法親王 覚深法親王 覚快法親王 静恵法親王 聖雲法親王 尭恕法親王 尊性法親王 円恵法親王 道法法親王 尊純法親王

内親王

(ひめみこ)姫宮(ひめみや)などがある。 また古来から、第一皇女を女一宮(おんないちみや)、その順に女二宮、女三宮と称す。 明治時代に入り、皇室典範成案が起草されるにあたり、その第35条にて従来の皇女に留まらず、親王妃にも内親王、王妃を女王と規定する条文の策定が検討された。しかし、有栖川宮熾仁親王が

親王妃

親王・内親王・王・女王の身位が「憲仁親王」のように名の後に付され呼称の一部と見なされるのに対し、親王妃及び王妃は「憲仁親王妃久子」のように用いられる。親王・内親王の表記にならって「久子親王妃」のような逆順の表記をすることは、公式表記の観点からは誤用となる。 親王妃は夫たる親王が皇位を継承すると、皇后となる。

粛親王

第10代粛親王善耆は、清末に立憲君主制による近代化改革を推進し、辛亥革命後に清朝復辟運動を行った。善耆の第14王女愛新覚羅顯㺭(㺭は王偏に子)は、川島浪速の養女となって川島芳子を名乗った。 ホーゲ(豪格) - 初代粛親王。 富綬(中国語版) - 第2代粛親王。 善耆 - 第10代粛親王。

鈴木醇

鈴木 醇(すずき じゅん、1896年10月1日 - 1970年3月12日)は、日本の地球科学者。専門は、鉱床学・岩石学。理学博士(東京大学・1930年)(学位論文「Petrological study of the crystalline schist system of Shikoku,

林醇平

林醇平(はやし じゅんぺい、安政元年6月20日(1854年7月14日) - 大正12年(1923年)11月14日)は、日本の政治家、実業家。名は諄平とも。 林孚一の三男として倉敷に生まれる。犬飼松窓に師事して和漢の学問を学び、東京に数年間遊学。日報社の編集者として記事を書くが、後に帰郷し、1879

山田醇

山田 醇(やまだ じゅん、1884年 - 1969年)は、日本の建築家。独立後は住宅作家としての道を歩み、和洋折衷住宅を発展させる。子息の病をきっかけに、健康住宅を研究し提唱した。設計した住宅は現在でも各地に現存している。埼玉県秩父市金崎生まれ。 実家は信用組合を経営。旧制熊谷中学校、学習院を経て

宗像醇

宗像 醇(むなかた あつし、1921年(大正10年)- 2012年(平成24年))は、日本の医学者。専門は皮膚科学。日本医科大学名誉教授。 1921年(大正10年)、静岡県に生まれる。1971年(昭和46年)、日本医科大学教授。1986年(昭和61年)、日本医科大学名誉教授。1987年(昭和62年

河島醇

河島 醇(かわしま あつし / じゅん、弘化4年3月6日(1847年4月20日) - 明治44年(1911年)4月28日)は、幕末から明治時代に活躍した武士(薩摩藩士)、官僚、政治家。衆議院議員、貴族院議員。幼名・新之丞。 薩摩藩士・河島新五郎長寛の長男として鹿児島長田町に生まれる。藩校造士館で学

重明親王

日輪が家に入り金鳳が飛来する夢を見て、将来帝位に関わる兆しかと期したという伝説がある(親王の邸宅は後に藤原兼家に伝領された東三条殿) 。 ある時、蕃客(渤海の使者)が参入した時、親王が鴨毛の車に黒貂の皮衣を八重重ねで纏っていたので使者たちが大いに恥じたと言われ、風雅を愛する一方で豪気な一面も持ち合わせていたらしい(『江家次第』)。