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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

障子紙

格子間)ヲ貼るニ便シ、三ツ折ハ三格間ヲ併セテ貼ルの料トス。」とある。 書院紙は、障子の格子幅に併せて漉かれたが、障子の格子の幅は各地域でまちまちで規格が統一されていなかつた。たとえば、美濃書院紙の場合、尾張・美濃用は縦寸法が九寸三分、三河用は八寸三分、伊勢用は八寸二分であった。此の各地の格子

คำที่เกี่ยวข้อง

障子

〔「しやうじ」の直音表記〕 「しょうじ(障子)」に同じ。 「この一つ車にて物しつる人の, ~をへだててあるに/蜻蛉(中)」

障子

(1)和風建築の屏障具(ヘイシヨウグ)の総称。 格子の両側に布または紙を貼ったもの。 部屋の境や窓・縁などに立てる。 紙や布を貼った襖(フスマ)障子, 移動可能な衝立(ツイタテ)障子, 薄紙や絹を貼った明かり障子などがある。 中世以降片側に紙を貼った明かり障子が発達し, 障子といえば明かり障子をさすようになった。 そうじ。 ﹝季﹞冬。 → 襖 (2)現在の建具の一。 格子に組んだ木の枠の片面にうすい白紙を貼ったもの。 敷居にはめて明かりとりや部屋の仕切りなどに用いる。 明かり障子。 (3)鼻中隔(ビチユウカク)の俗称。 「鼻の~」 <i>~に目あり</i> 秘密は漏れやすいものであるというたとえ。 「壁に耳あり, ~」 <i>~貼(ハ)る</i> 冬を迎える準備として, 新しい紙で障子を張り替える。 ﹝季﹞秋。 《~大原女あり尼の寺/虚子》

紙子

紙で仕立てた衣服。 厚手の和紙に柿渋(カキシブ)を塗って乾かし, もみ柔らげたもので仕立てる。 もとは僧が用いたが, のちに一般の人々も防寒用に着た。 かみぎぬ。 ﹝季﹞冬。 《飯粒で~の破れふたぎけり/蕪村》 <i>~着て川へはま・る</i> 無謀なことをして, 自ら破滅を招くことのたとえ。 紙子着て川へはいる。 <i>~四十八枚(シジユウハチマイ)</i> 胴の前後に二〇枚, 左右の袖に四枚, それに裏をつけて全部で四八枚の紙子紙を要したところから, 紙子をいう。

障子山

障子山(しょうじやま)は、愛媛県伊予郡砥部町と伊予市にまたがる皿ヶ嶺連峰の西部に座する標高885.0メートルの山である。 ひと際高く聳えた目立つ山で、松山市郊外のどこからでも同定できる。山名の由来は、障子を立てたように見えるからという説と、雪が降ると山のヒノキや杉の木が障子の桟で、雪が障子紙の

紙智子

紙 智子(かみ ともこ、本名:内山 智子(うちやま ともこ)、1955年1月13日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の参議院議員(4期)。党参議院議員団長、党常任幹部会委員、党農林・漁民局長。 1955年、北海道札幌郡豊平町字真栄(現:札幌市清田区真栄)の農家4人兄妹(兄3人)の末子として生

障子貼る

障子貼る(しょうじはる)は仲秋の季語。夏の間涼をとるためにはずして物置などに蔵ってあった障子を出し、敷居に嵌める前に紙を変える事。普通、紙を貼った重ね目に埃が溜まらないように、下から上へ貼っていく。米などで適当な濃さに作った糊を盆などに調え、刷毛で桟に塗り、障子幅に切った和紙を一気に貼る

馬形障子

。里亭多く打毬を相具すものなり。仍って俄に打毬を具せしむべきの由を下知す。絵所師信貞、則ち画図し了んぬ。立て替へせしむ」とある。これは朝干餉(朝餉)の間近くにある馬形障子の図が裏表両方とも馬になっていたが、片方が打毬の図である例が本来なので、すぐさま打毬の図に改めさせたということである。馬形障子の

賢聖障子

上に負文亀、下に狛犬が描かれ、その東西すなわち左右のそれぞれ一間に古代中国の賢聖の画像が4人ずつ、あわせて32人の像がある。障子の上には色紙形が設けてありその下に賢聖像、裏(北側)には極彩色の花鳥が描かれる。色紙形には各賢聖の事蹟が記されるが、『禁秘抄』や『古今著聞集』によれば古くは色紙形には本文を

障子久美

障子 久美(しょうじ くみ、1964年5月25日 - )は日本のシンガーソングライター。滋賀県彦根市出身。AB型。 松任谷正隆が主宰する「マイカ・ミュージック・ラボラトリー」出身アーティスト。 音楽プロデューサーの松任谷正隆に才能を見出され、ビクター音楽産業のinvitationレーベルから、松任谷

荒海障子

荒海障子(あらうみのしょうじ)とは、内裏清涼殿の一画にある障子のこと。ただしこの障子とは今でいう襖のことである。 中古、天皇が日常を暮す殿舎とされた清涼殿には、その東側に弘廂(ひろびさし)という幅の広い廊下のような空間が設けられており、荒海の障子はその弘廂の北突き当たりに立てられている。二枚立ての障

犬山紙子

犬山 紙子(いぬやま かみこ、1981年〈昭和56年〉12月28日 - )は、日本のコラムニスト、エッセイスト、ラジオパーソナリティ。本名は未公表。 大阪生まれで、幼少時代を大阪府と兵庫県で過ごし、中学時に宮城県へ移住する。 仙台市の出版社で編集者として勤務するが介護離職し、その後マガジンハウスからブログ本「負け美女」を出版する。

鳥の子紙

、鳥の子紙、五色鳥の子紙、雲鳥の子紙、広鳥の子、土入り鳥の子紙などがある。半切り類には、名塩半切り紙、雑紙類には、名塩松葉紙、浅黄紙、柿紙、水玉紙、薬袋紙、油紙などがある。名塩の長所の一つは、長期保存に耐えることである。 紙はすべて乾湿に対する抵抗力が弱い。室内に張られている襖や障子も湿度が高くな

紙屋克子

ナーシングサイエンスアカデミー、2000年。 紙屋克子企画・監修・指導『基礎技術・体位変換』中央法規出版、2002年。 紙屋克子企画・監修・指導『早期離床』中央法規出版、2002年。 紙屋克子企画・監修・指導『寝たきり予防と行動拡大』中央法規出版、2002年。 [脚注の使い方] ^ 『読売年鑑

王子製紙

なった。 王子製紙は、初代法人時代の1910年(明治43年)に完成した苫小牧工場に電力を供給するため、石狩川水系と尻別川水系に多数の水力発電所を建設、工場操業の原動力とした。特に開発が進められたのが、支笏湖を水源とする千歳川であった。 豊富な水量

竹紙 (紙)

の一種として現代に至るまで作られている。薄く破れやすいが墨引が良く、虫に対して丈夫なために書画に用いる紙として文人たちに愛された。 中国において、古くは東晋で竹の産地として知られていた会稽郡の竹紙が著名であった。脆弱性と耐久性の

紙

(1)植物の繊維を水中で密にからみ合わせ, 薄く平面状にのばして乾燥したもの。 中国, 後漢の蔡倫(サイリン)がその製法を発明したといわれる。 絵や文字を書いたり, 物を包んだり, 障子や襖(フスマ)に貼ったりするのに用いる。 和紙はミツマタ・コウゾ・ガンピなどの靭皮(ジンピ)繊維を原料とし, 手すきで作る。 洋紙は木材パルプなどを原料とし, これをくだいて溶かし, サイズ剤・填料(テンリヨウ)・色素などを加え, 抄紙機で機械的に仕上げる。 最近は合成繊維からも作られるようになった。 → パルプ (2)じゃんけんの手の一。 開いたてのひらで示す。 ぱあ。

昆明池障子

歌が記される。『古今著聞集』によれば嵯峨野小鷹狩の図は、大井川の辺りに住んで鷹狩を好んだ季綱少将(藤原季縄)のことを描いたものかという。 源宗隆 『鳳闕見聞図説』〈『新訂増補 故実叢書』25〉 明治図書出版社、1951年 『禁秘抄』〈『群書類従』第二十六輯・雑部〉 続群書類従完成会、1960年

栞と紙魚子

洞野(ほらの) 紙魚子の友人で文芸部員。将来は映画脚本家になることが夢らしく、有志たちと自主映画の撮影を行う。映画の作風はホラーというより1960、1970年代のB級映画よりの内容で、書き下ろしの脚本や同人小説はその馬鹿馬鹿しさから紙魚子は愛読者らしい

年中行事障子

年中行事障子(ねんじゅうぎょうじのしょうじ)とは、内裏清涼殿にあった衝立障子のこと。宮中で行われる年中行事の名を書き記したもの。 年中行事障子は清涼殿の弘廂にあり、上戸(かみのと:殿上の間への出入りに利用する扉)に向けて立てられていた。『禁秘抄』には年中行事障子