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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

驪連氏

氏、昊英氏、有巣氏、朱襄氏、葛天氏、陰康氏、無懐氏,凡十五世,皆襲庖犧氏之号也」 『北史』隋紀上・高祖文帝 「大庭、軒轅以前,驪連、赫胥之日,咸以無為無欲,不将不迎,其詳不可聞已」 唐 楊炯『遂州長江県先聖孔子廟堂碑』 「驪連上古,混沌中央」 出典 ^ 黄福奎著『帝王世紀・自皇古至五帝』 ^

คำที่เกี่ยวข้อง

驪興閔氏

驪興閔氏(ヨフンミンシ、れいこうびんし、朝鮮語: 여흥민씨)は、朝鮮の氏族の一つ。本貫は京畿道驪州市である。2015年の調査では、161,721人。 始祖は、孔子の弟子である閔子騫の末裔であり、元々は中国の山東地方出身の閔称道である。高麗に使者として渡来し、驪興付近に定住した。 李氏朝鮮の3代王太宗の妃(彰徳昭烈元敬王后)を出

驪山

〔「りさん」とも〕 中国, 陝西省西安の東にある山。 海抜620メートル。 麓に温泉があり, 古く唐の玄宗が楊貴妃のために離宮を建て華清宮と称した。 リー-シャン。

驪州市

(太宗14年)に都護府に昇格した。このとき忠清道から京畿道に移管された。そして1469年(朝鮮睿宗元年)、驪州牧に昇格した。 1895年6月23日 - 二十三府制施行。忠州府驪州郡が成立。原州郡康川面を編入 1896年8月4日 - 十三道制施行。京畿道驪州郡となる。 1914年4月1日 -

殷汝驪

実業交通事務処処長に任ぜられる。後に江蘇省銀行総経理となった。 国民政府では、1927年5月2日に福建省政府委員に任命された。8月には国民政府財政部国税特派員、10月25日には福建塩運使もそれぞれ兼任している。1928年(民国17年)8月27日、これらの職を辞任している。1932年(民国21年)1月

水驪線

1972年3月31日 - 全線廃止。 なお、廃止になる前年の1971年12月1日に、水驪線と並行する形で嶺東高速道路(新葛JCT - セマルIC)が開通している。 水驪線廃止後の沿線においては、当線における水原 - 新葛間に沿う形で盆唐線が、また新葛 - 龍仁間に沿う

驪姫の乱

献公は、驪姫を夫人に立てようとして2度占ったところ、1度目の「卜」の際には不吉と出て、2度目の「筮」の際には吉と出た。「筮」よりも「卜」のほうが正確であると考えられていたが、献公は、2度目の「筮」の結果に基づき驪姫を夫人に立てることを決定した。 驪姫は、献公の寵愛を受けるに至り、子の奚斉を太子

驪山老母

乱世を救うために、いつも劫に応じて運を変える。大いに威霊をあらわし、賢を召して士を納め、門徒を授けて、山岑に隠棲して仙法を伝えた。その容姿も荘厳で優れ、「護国佑民」の神的存在として崇められ、あらゆる衆生を済度し、数々の時代の人間の仙道修行者たちに霊符・秘術や神仙道の要訣を教えることがある。

高句驪県

87 (3・4)〉、2020年3月20日、170-172頁。  ^ a b c d e f g h 馬大正・李大龍・耿鐵華・權赫秀 編『古代中国高句麗歴史続論:東北辺疆研究』中国社会科学出版社、2003年11月。ISBN 7500437730。  漢四郡 楽浪郡 玄菟郡 真番郡 臨屯郡 帯方郡

喜連川縄氏

川宜氏が早世したため、末期養子として家督を継いだ。喜連川家の通字により諱を縄氏に改め、通称として左馬頭を称する。同年閏8月4日、第14代将軍徳川家茂に御目見する。 明治元年(1868年)5月28日、新政府に対し、病気の藩主縄氏に代わり、重臣を上洛させることを願う(第15代将軍となっていた実兄の徳川

喜連川茂氏

しげうじ)は、江戸時代中期の大名。下野喜連川藩の第5代藩主。 元禄13年(1700年)12月2日(もしくは元禄15年(1702年))、第4代藩主・喜連川氏春の長男として生まれる。享保2年(1717年)5月15日、徳川吉宗に御目見し、享保6年(1721年)に父が死去したため跡を継いだ。弓術に秀で、一寸の強弓を扱う事で

喜連川昭氏

コトバンクより2022年12月13日閲覧。 ^ a b c d e f g h i j k l m 寛政譜 1922, p. 433. ^ 喜連川判鑑 1893, p. 54. 近藤瓶城 編『史籍集覧』 〔18〕 喜連川判鑑,みよしき、近藤活版所、1893年。doi:10.11501/769670。全国書誌番号:40012260。 

驪妃-The Song of Glory-

感を抱いており、嫉妬心を向けることはない。 絵画が趣味。オープニング映像冒頭に映る驪歌と義康が描かれた絵を、作中で韞之が描いている描写がある。 賀文瀟 小辛 管楽 驪歌の侍女。父母が陸遠の命令により過酷な環境で働かされて死に、天涯孤独となった。義宣に救われた後に驪歌に附けられ、彼女を慕って『お姉様

氏家氏

氏家氏(うじいえし)は、日本の氏族のひとつ。 歴史上著名な氏家氏には、氏家直元(卜全)を輩出した藤原北家宇都宮氏流の氏家氏がいる。 宇都宮朝綱の子の公頼が下野国の芳賀郡氏家郷に土着して本貫とし氏家姓を名乗ったのが始まりといわれる。しかし、紀氏を出自とする氏家公幹(長元元年(1028年)生 -

氏

※一※ (名) (1)家々の系統を表す名称。 名字。 姓。 (ア)民法旧規定において, 家の名称。 (イ)現行法上, 名とともに個人の呼称となるもの。 原則として, 夫婦と未婚の子は同じ氏を称する。 (2)家柄。 (3)事実上あるいは系譜上, 同祖から出たものとされる家の集団。 古代において支配階級の構成単位をなしていたもの。 族長的地位に立つ家の家長が氏の上(カミ)となり, 氏の共有財産(大化の改新以前の部民(ベノタミ)の田荘(タドコロ), 律令制下の氏の賤(セン))を管理し, 氏神を奉祀(ホウシ)して氏人(ウジビト)を統率した。 氏には姓(カバネ)があり, 社会における氏の政治的地位はこれによって秩序づけられた。 律令制の解体とともに氏の名は次第に消え, 源・平・藤・橘など少数のもののみが残った。 ※二※ (接尾) 名字・姓名につけて, 敬意を表す。 「山田~」 〔現在では「し(氏)」という〕 <i>~無くして玉の輿(コシ)</i> ⇒ 女氏なくして玉の輿に乗る <i>~より育ち</i> 人は家柄や身分よりも, 育てられ方が大切である。

氏

※一※ (名) 「うじ(氏)」に同じ。 ※二※ (代) 三人称。 男子に対して, 敬意をこめて用いる。 彼。 「~は斯界の先達であります」 ※三※ (接尾) (1)人の姓名に付けて尊敬の意を表す。 主として男子に用いる。 「山田太郎~」 (2)氏族の名に付けて, その氏族の出身であることを表す。 「藤原~」 (3)助数詞。 尊敬の意をこめて人数を表すのに用いる。 「人(ニン)」の尊敬語。 「御出席の三~」

連連

※一※ (形動) 続いていて絶えることのないさま。 「訴出る者~なれども/新聞雑誌 54」 ※二※ (ト|タル) {※一※}に同じ。 「同じような格子窓が~と続く家」

城氏 (平氏)

一方これと呼応する形で、旧本拠地の越後国においては、長茂の甥(資永の遺児)である城資盛とその叔母(資永・長茂の妹)坂額御前が挙兵した。『吾妻鏡』に「城郭(鳥坂城)を越後の国鳥坂に構う」と記録されるが、最終的には佐々木盛綱率いる幕府軍によって鎮圧される(その際、坂額は女性でありながら百発百中の腕前を披露したという)。資盛は脱出して

湯浅氏 (源氏)

清和源氏の足利義兼の子桃井義胤が桃井氏の祖となり、義胤四世桃井尚義の孫の桃井義盛の弟、河内守桃井貞職が母方の湯浅姓を名乗ったという(『湯浅家系図』)。山子田御堀に中世の館跡があり、本家はこの一角に居を構え、今でも御掘の家といわれる。 代々名主で榛名山中腹のに仕え、吾妻山の吾妻神社を奉祀、祭祀も司る。一族からは、1868年(明治元年)、

連

※一※ (名) (1)生物の分類上, 科と属との間の階級。 族。 (2)「連勝式」の略。 (3)(ア)他の語の下に付いて, 「連中」「たち」の意を表す。 少し軽侮の意を含むことが多い。 「悪童~」「奥さん~」「教授~」「どうする~」(イ)祭りなどで, 踊りのグループ, 山車(ダシ)をひくグループ, みこしをかつぐグループなどの名の下に付ける。 (4)〔ream の音訳。 「嗹」とも書く〕 印刷用紙の全紙の枚数の単位。 一〇〇〇枚で一連とする。 ※二※ (接尾) (古く「聯」とも書く)助数詞。 (1)ひとまとめにくくったものや連ねたものを数えるのに用いる。 「めざし一~」「ほし柿三~」 (2)鷹を数えるのに用いる。