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高松宮家本源氏物語

あさかを をとめ 玉かつら はつね こてふ ほたる とこなつ かゝりひ のわき みゆき 藤はかま まきばしら 梅かえ 藤のうら葉 わかな 上 わかな 下 かしわ木 よこぶえ すゝむし 夕きり みのり まぼろし におふ兵部卿 こうはい 竹がは はしひめ 椎かもと あけまき さはらひ やとり木 あすまや うきふね かけろふ てならひ 夢のうき橋

คำที่เกี่ยวข้อง

定家本源氏物語

ポータル 文学 定家本源氏物語(ていかほんげんじものがたり)とは、 藤原定家により書写された源氏物語の写本のこと。藤原定家自筆本源氏物語。 上記に由来する全ての写本及び本文系統。青表紙本。 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用

大宮 (源氏物語)

を出、また雲居の雁も夕霧との恋仲を内大臣に知られて強引に引き取られたため、ひどく悲しんだ(「少女」)。 玉鬘の裳着にあたっては、光源氏と内大臣との仲立ちをする(「行幸」)が、それからまもなく薨去したことが語られる(「藤袴」)。しかし、後に彼女の法要が内大臣が夕霧と雲居の雁の結婚を許すきっかけとなり

松風 (源氏物語)

光源氏31歳秋の話。 二条東院が完成し、源氏は西の対に花散里を移らせた。東の対には明石の御方を迎えるつもりだったが、明石入道は源氏に文で「娘・明石の御方も住みなれたここを離れて、上洛することには不安を抱えています。」と伝えた。大堰川近くの山荘(母方の祖父・中務宮

源氏物語

『源氏物語評釈(げんじものがたりひょうしゃく)』(1861年、萩原広道) 古注釈の最後に位置づけられる。 元来『源氏物語』は作者紫式部と、同時代の同じ環境を共有する読者のために執筆されたと推察されており、加えて作者と直接の面識がある人間を読者として想定していたとする見解もある。書か

尾州家本源氏物語

源氏物語54帖全てが揃っている写本である。本写本の奥書の記載によれば、1258年(正嘉2年)5月に北条実時が出来上がったばかりの源親行所有の河内本原本を借用して能筆家に書写させ金沢文庫に入れたものとされており、河内本系統の本文を持った写本としては伝来が明らかでかつ成立年

榊原家本源氏物語

下、柏木、横笛、匂宮、東屋、浮舟、手習、夢浮橋が校異に採用されている。 大津有一「諸本解題 榊原家蔵源氏物語」『源氏物語事典 下巻』東京堂出版、1960年、p. 134。 [脚注の使い方] ^ 池田亀鑑「現存重要諸本の解説 榊原家蔵源氏物語」『源氏物語大成研究編』中央公論社、p. 262。 表示 編集

御物本源氏物語

合わせでの一組の写本にするために書かれたのかは不明であり、もともと別の組み合わせの写本のそれぞれ一部であったものをある時期に取り合わせたものである可能性も唱えられている。 本写本の本文は、巻によって以下のような異なる本文系統を持つ、典型的な「取り合わせ本」になっている。 青表紙本の本文を持つものが20巻

橋本本源氏物語

ポータル 文学 橋本本源氏物語(はしもとほんげんじものがたり)とは、源氏物語の写本の一つ。かつて言語学者・国語学者であった橋本進吉(1882年(明治15年)12月24日 - 1945年(昭和20年)1月30日)の所蔵であったことから「橋本本」と呼ばれる。現在は人間文化研究機構国文学研究資料館の所蔵となっている。

幻 (源氏物語)

紫の上が世を去り、また新しい年がめぐってきた。新春の光を見ても悲しさは改まらず、源氏は年賀の客にも会わずに引きこもっている。そして紫の上に仕えていた女房たちを話相手に、後悔と懺悔の日々を過ごしていた。明石の中宮は紫の上が可愛がっていた三の宮(匂宮)を源氏の慰めに残し宮中に帰る。 春が深まるにつれ、春を

葵 (源氏物語)

ってくれた礼を言おうと、顔を覗き込んだら、車の主は源典侍だった。がっくりする源氏。 その後葵の上は、病の床についてしまう。それは六条御息所の生霊の仕業だった。源氏も苦しむ葵の上に付き添ったが、看病中に御息所の生霊を目撃してしまい愕然とする。8月の中ごろに葵の上は難産のすえ男子(夕霧)を出産するが、

譜 (源氏物語)

ポータル 文学 源氏物語における譜とは、源氏物語が成立して間もない時期に存在したとされる源氏物語に関連する何らかの書き物のことである。 鎌倉時代後期に成立した了悟による源氏物語の注釈書『幻中類林』の中から本文関係の記述を抜き出した書物「光源氏物語本事」(島原松平文庫蔵本)の中に伝えられる更級日記の

蛍 (源氏物語)

5月5日の節句、玉鬘の下には数多くの薬玉が贈られた。源氏は夏の町で騎射と宴を催し、その晩は花散里のところに泊まった。やがて長雨の季節に入り、物語に熱中する玉鬘に源氏は物語評論を聞かせ、相も変わらず言い寄って玉鬘を困らせていた。その頃玉鬘の実父内大臣も、夢占でかつて夕顔との間にもうけた娘が他人の養女になっているだろうと告げら

新源氏物語

ポータル 文学 新源氏物語(しんげんじものがたり) 直木賞作家である川口松太郎による「週刊文春」に連載され、1962年(昭和37年)7月に単行本として文藝春秋より出版された『源氏物語』を元にした小説。及びこれを原作として監督森一生、脚本八尋不二、主演市川雷蔵、寿美花代で大映より1961年(昭和36年

池田本源氏物語

手習の4帖が後世の補写または取り合わせと見られ、それ以外の45帖が鎌倉時代の書写とされる。鎌倉時代の書写とされる部分は甲筆36巻と乙筆12巻の2筆に分かれており、書写者として大部分が二条為明であるとされており、その他に二条為氏や藤原行能らの名前が挙げられている。 本写本の東屋と手習

吉川本源氏物語

おなし人のははせいきょ 六てうのいんみふみはしめ おなし人こまのさふ人にあはしめたまふ 同人すくようしかうかへ申 六てうのいんくえんしたり うすくもの女えんははききさいかうす うす雲の女えんせんていの四のみや内へまいり給ふ 六てうのいんけんふく 同人あふひのうへ御かたへわたらせ給ふ 同人ひかるきみと

肖柏本源氏物語

語」、「源氏物語大成」に青表紙系統の本文を持つ写本として写本記号「肖」、「肖柏本 牡丹花肖柏筆 桃園文庫蔵」として校異が採用されており(但し、一部の巻(帚木、花散里、野分、東屋)は採用されていない)、また「源氏物語別本集成 続」に「肖 肖柏本(天理図書館蔵)」として校異が採用されている。 大津有一「諸本解題

正徹本源氏物語

を著わすなどしている。正徹本奥書の記述によれば、正徹本とは冷泉家に伝わった冷泉為相所持本をもとにし、いくつかの写本を校合した本文であるとみられる。現在専修大学に所蔵されている「桐壺」巻のみの写本は、冷泉家相伝の冷泉為相本『源氏物語』の書写であるとされるが、その本文は正徹本に近いものである

幽斎本源氏物語

第1集』武蔵野書院、2008年(平成20年)10月、pp. 13-20。ISBN 978-4-8386-0228-5 徳岡涼「伝細川幽斎筆『源氏物語』の書入れについて」『上智大学国文学論集』第31号、上智大学国文学会、1998年1月、55-70頁、ISSN 02880210、NAID 110000187039。 

吉田本源氏物語

の葵巻の一部分のみの注釈付きの写本 ^ 寺本直彦「七海本 吉田本 源氏物語古註葵巻は『水原抄』の零簡か」『國語と國文學』第63巻1号、1986年(昭和61年)1月。のち『源氏物語論考 古注釈・受容』風間書房、1989年(平成元年)12月、pp. 93-116。 このページは曖昧さ回避のための