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Словник

Деталі слова

偃塞

[えんそく]
水の流れをせきとめること。

Пов'язані слова

偃月

(1)半月よりやや細い月。 弓張り月。 また, その形。 (2)兵法で八陣の一。 中央がへこんだ, 弓張り月の形の陣立て。

偃武

〔「偃」は伏す意〕 武器をおさめて用いないこと。 戦争が終わること。 「元和(ゲンナ)~」

偃臥

うつぶしてねること。 「此の二日間床上に~しながら/鬼啾々(夢柳)」

偃鼠

もぐら。 もぐらもち。 <i>~河(カワ)に飲むも満腹に過ぎず</i> 〔荘子(逍遥遊)〕 もぐらが河で水を飲んだとて腹一杯より多くは飲めない。 人は各各(オノオノ)その分に従って生きるのがよいというたとえ。

狐偃

ても公子が成功すれば本望です」と言った。重耳はなおも怒りがおさまらず「もし成功しなかったら汝の肉を食ろうてやる」と言ったが、狐偃は「もし公子が成功しなかったら私は飢えてのたれ死ぬでしょうから、その肉は食べられたものではないでしょう」と言って動じなかった。 重耳は家臣たちの意思の固さを知り、これ以後自

謝偃

偃が上書して得失を述べた。太宗は謝偃の意見をよしとして、弘文館直学士として召しだし、魏王府功曹に任じた。謝偃は魏王李泰の下で『括地志』の編纂に参加した。 謝偃が塵賦・影賦の2篇を作ると、太宗はその文章の美しさを喜んで、謝偃を召しだして賦を作らせた。謝偃

賈偃

卒二萬人于河。魏段干子請割南陽予秦以和。蘇代謂魏王曰:「欲璽者,段干子也;欲地者,秦也。今王使欲地者制璽,欲璽者制地,魏地盡矣!夫以地事秦,猶抱薪救火,薪不盡,火不滅。」王曰:「是則然也。雖然,事始已行,不可更矣!」對曰:「夫博之所以貴梟者,便則食,不便則止。今何王之用智不如用梟也?」魏王不聴,卒以南陽為和,実修武。

何偃

何 偃(か えん、義熙9年(413年) - 大明2年5月5日(458年6月2日))は、南朝宋の官僚・政治家。字は仲弘。本貫は廬江郡灊県。高祖父は何準(何充の弟)。曾祖父は何惔。祖父は何叔度。父は何尚之。 何尚之の次男として生まれた。はじめ南豫州に召されて議曹従事となった。秀才に挙げられて、中軍参軍

王偃

王 偃(おう えん、元興2年(403年) - 孝建3年2月7日(456年2月28日))は、南朝宋の外戚。東晋の簡文帝の外孫。字は子游。本貫は琅邪郡臨沂県。王導の玄孫にあたる。 尚書の王嘏(王誕の兄)と鄱陽長公主(東晋の簡文帝の娘、南朝宋に入って永成君)のあいだの子として生まれた。劉裕の次女の呉興長

塞

〔動詞「塞(セ)く」の連用形から〕 取水のため, また流量や水位を調節するため, 川の途中や湖・池の出口などに流れを遮って作った構造物。 い。 いせき。 <i>~を切ったよう</i> 抑えられていた物事が急激に起こるさま。 「~にしゃべり出す」

偃師区

偃師区(えんし-く)は中華人民共和国河南省洛陽市に位置する市轄区。玄奘三蔵(緱氏鎮)、北宋初期の宰相呂蒙正の故郷。 街道:商城街道、槐新街道、首陽山街道、伊洛街道 鎮:翟鎮、岳灘鎮、顧県鎮、緱氏鎮、府店鎮、高竜鎮、山化鎮、邙嶺鎮、大口鎮 中国国家鉄路集団 隴海線 偃師駅 高速道路 連霍高速道路 国道

中行偃

中行 偃(ちゅうこう えん、? - 紀元前554年2月20日)は、中国春秋時代の晋の政治家、将軍。姓は不明、氏は荀、もしくは祖父の官職名から中行、諱は偃、字は伯游、諡は献。荀林父の孫で荀庚(中行庚、中行宣子)の子。荀偃、中行献子とも呼ばれる。 中行偃は晋の名門荀氏の本家中行

主父偃

趙王劉彭祖は主父偃が趙にも災いをもたらすことを怖れ、主父偃が都を離れた時を狙って主父偃が諸侯の金を受け取っていることを告発した。更に斉王が自殺し、武帝は主父偃が自殺に追い込んだと思って激怒し、主父偃を獄に下した。 主父偃は諸侯の金を受けたことは認めたが斉王を自殺させてはいないと言った。武帝は主父偃

防塞

敵を防ぐとりで。 防塁。

城塞

城ととりで。 城。

通塞

(1)通じることとふさがること。 通と不通。 「すべて仏法の~を論ずるにたらず/正法眼蔵」 (2)運が開けることと開けないこと。 幸と不幸。 「運の~, 時の否泰/太平記 4」

塞ぐ

「ふさぐ(塞)」に同じ。 「(風呂ニ)目を~・ぎて入るは苦しかるまじき由/今物語」

塞ぐ

※一※ (動ガ四) (1)「ふさぐ{※一※}」に同じ。 「御衣して, 耳を~・ぎ給ひつ/源氏(玉鬘)」 (2)韻塞(インフタ)ぎをする。 「~・ぎもてゆくままに/源氏(賢木)」 ※二※ (動ガ下二) (1)「ふさぐ{※二※}」に同じ。 「寝殿は~・げ給はず/源氏(松風)」 (2)方塞(カタフタ)がりになってしまうようになる。 「方~・げて, ひき違へほかざまへ/源氏(帚木)」

充塞

満ちていっぱいになること。 また, 満たしてふさぐこと。 「愛国の熱心其の胸中に~する人々/経国美談(竜渓)」