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Словник

Деталі слова

感奮

[かんぷん]
心に強く感じて奮起すること。
「馭者は~して, 両眼に熱涙を浮べ/義血侠血(鏡花)」

Пов'язані слова

勇奮

勇気を出してふるい立つこと。 「~して以て勝利を得んことを務むべし/日本開化小史(卯吉)」

奮闘

(1)力を出して戦うこと。 「孤軍~」 (2)力を出して事に当たること。 「苦境を乗り越えるために~する」

奮迅

激しくふるい立つこと。 「獅子(シシ)~」

奮う

〔「振るう」と同源〕 勇み立つ。 気力が盛り上がる。 また, 気力を盛り上げる。 「勇気を~・う」 → ふるって

奮進

勢い激しく進むこと。 「怒を作(ナ)して~し来るを見るより/金色夜叉(紅葉)」

興奮

(1)物事に感じて気持ちが高ぶること。 「~して眠れない」「士気自ら~する/此一戦(広徳)」 (2)刺激によって神経の働きが活発になること。 特に, 生体またはその器官・組織が刺激によって休止状態から活動状態へ移ること。

奮起

ふるいたつこと。 勇気をふるいおこすこと。 「~して事に当たる」「~を促す」

奮然

ふるい立つさま。 「男は~として鉄槌(テツツイ)を二振り三振り/慨世士伝(逍遥)」

奮撃

力をふるって敵をうつこと。

奮激

激しく心をふるい起こすこと。 「義勇兵を募りしに人心大に~して/経国美談(竜渓)」

発奮

(1)気持ちをふるい起こすこと。 「大いに~して勉強する」 (2)かっとすること。 「車夫等は益々~して/義血侠血(鏡花)」

奮戦

(1)一生懸命に戦うこと。 「強敵を相手に~する」 (2)一生懸命がんばること。

孫奮

たものの、その行状は芳しくなかった。 父の孫権の死後、弟の孫亮が即位した。弟の後見役として実権を握った諸葛恪は、諸王が各地の要所に居住することを好ましくないと考え、孫奮を武昌から豫章に移そうとした。孫奮がこれに反発したが、諸葛恪は手紙を送り、これを厳しく諌めた

石奮

たが、憚られて諸侯王の相に遷った。石奮の子4名は皆孝行や恭しさによって二千石の官僚となっており、景帝は「石君と4人の子は皆二千石となっている。人臣の尊寵が石家の門に集合している」と言った。そこで、二千石が5人であったので、石奮は万石君と呼ばれるようになった。 景帝の末年、石奮は老年であったことから引

満奮

満 奮(まん ふん、生年不詳 - 304年)は、中国三国時代の魏から西晋にかけての人物。字は武秋。祖父は満寵。父は満炳。伯父は満偉。従兄は満長武。 公平清廉な人格者であったため西晋の武帝に仕え、冀州刺史・尚書令・司隷校尉を歴任した。満奮は風を極端に恐れたといわれ、『世説新語』には武帝からそのことをからかわれた話が載っている。

張奮

張 奮(ちょう ふん) 張奮 (司空) - 中国後漢の和帝期の司空。 張奮 (後漢末) - 中国後漢の献帝期の人物。 張奮 (孫呉) - 中国三国時代の呉の人物。 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にして

胡奮

泰始9年(273年)、娘の胡芳が、司馬炎(武帝)の貴嬪(最高階の妃嬪)となった。胡奮はこれを喜ばず、また一人息子が早逝していたこともあり、「男子は九地の下に入り、女子は九天の上に上ってしまった」と嘆いた。 咸寧2年(276年)2月、并州の蛮族が砦を侵犯したが、監并州諸軍事の官にあった胡奮がこれを防

奮って

〔動詞「奮う」の連用形に助詞「て」が付いたもの〕 進んで。 積極的に。 「~御参加下さい」

陳奮翰

〔儒者の用いた難解な漢語に擬した造語。 あるいは外国人の言葉の口まねからともいう〕 人の話している言葉や内容が全くわからないこと。 話が全く通じないこと。 また, そのさま。 ちんぷんかんぷん。 「きょうの話はとてもむずかしくて~だ」