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JLPT N1 – Reading Exercise 38
「1」私私わたしは極端きょくたんだ。何なにについてかというと、例たとえば新あたらしい趣味しゅみに興味きょうみを持もつと、短期間たんきかんで徹底的てっていてきにのめり込こむ。やるのではなく、没頭ぼっとうするというのが正ただしい。本ほんも読よみ始はじめると、何冊なんさつも同時どうじに手てをつけてしまい、読よみ切きれずに積つんでしまう。読よむのではなく、集あつめている。誰だれかと話はなしたいと思おもうと、立たて続つづけにメッセージを送おくり、返事へんじが来くる前まえに次つぎの人ひとに連絡れんらくしてしまう。甘あまいものを食たべ過すぎたと感かんじると、しばらくは一切いっさい口くちにしない。逆ぎゃくに、あるカフェのコーヒーが気きに入いると、毎日まいにち通かよい詰つめたこともある。夜中よなかにふと思おもい立たって、遠とおくの温泉おんせんまで車くるまを走はしらせたこともある。なぜか私わたしは極端きょくたんで、「ほどほど」という感覚かんかくがどうも身みにつかない。つくづく自分じぶんはバランス感覚かんかくに欠かけていると感かんじる。「___2___」最近さいきんになってひとつだけ良よかったと思おもうことがある。極端きょくたんだからこそ今いまの自分じぶんがいるのだと実感じっかんしたのだ。確たしかに研究けんきゅうの仕事しごとも、文章ぶんしょうを書かくことも、この偏かたよった性格せいかくでなければ続つづかなかっただろう。しかしそれ以上いじょうに、壊こわれてしまった思おもい出での品しなを捨すてられずにいる自分じぶんが、ふと愛いとおしく思おもえたのだ。残のこっている物もの自体じたいが嬉うれしいのではない。捨すてられないでいる自分じぶんの心こころが好すきになったのである。私わたしの中なかには修復しゅうふくできない記憶きおくがある。それを抱かかえて生いきている。手放てばなした方ほうが身軽みがるになるのに、なぜかずっと持もち続つづけている。壊こわれた記憶きおくとともに、これからも歩あるいていく。
JLPT N1 – Reading Exercise 39
JLPT N1 – Reading Exercise 40
JLPT N1 – Reading Exercise 41