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Từ điển

Chi tiết từ

謹慎

[きんしん]
(1)言動を反省し, おこないをつつしむ・こと(さま)。
「~の意を表す」「しばらく~する」「性頗(スコブ)る~なれども/花柳春話(純一郎)」
(2)学校で, 生徒に与える罰則の一。 放校・退学・停学に次ぐ処分。
(3)江戸時代, 士分以上の者に科した刑罰の一。 住む所を定め, 入り口を閉鎖し, 自由な行動を許さなかった。

Từ liên quan

不謹慎

「不謹慎」で始まるページの一覧 タイトルに「不謹慎」を含むページの一覧 タイトルに「不謹慎」を含むページの一覧 Wikipedia:索引 ふき#ふきわ

不謹慎ゲーム

不謹慎ゲーム(ふきんしんゲーム)は、注目度の高い事件や事故が発生した後にそれらをネタにして作成、発表され、その事件を茶化すことを主な目的としたコンピュータゲームの総称である[要出典]。 こういった不謹慎ゲームは、インターネット上の媒体において、興味本位で話題に採り上げられる一方で、批判も受ける。不謹

不謹慎な宝石

ミーでも議論の的となった。「宝石」が喋らないよう携帯用の猿轡のような口籠を開発した男の元には、多くの上流婦人が殺到して買い求めたが、口籠をはめられた「宝石」はうまく喋れず窒息しそうになり、「宝石」の持ち主の女性を助けるために結局口籠を外すしかないことが判明した。

謹呈

つつしんで物を差し上げること。 物を贈るときなどに用いる語。

謹賀

つつしんでよろこびを申し述べること。

謹言

〔「つつしんで言う」の意〕 文書や手紙の終わりに書いて敬意を表す語。 「恐惶~」

謹聴

(1)つつしんで聞くこと。 また, 聞くことをへりくだっていう語。 拝聴。 「演説を~する」 (2)演説会などで静かに聞くことを促す語。 「~, ~」

謹厳

軽はずみなところがなく, まじめでおごそかな・こと(さま)。 「~に精神を保つて/良人の自白(尚江)」 ﹛派生﹜~さ(名)

謹製

つつしんで製造すること。 食品の製造者などが用いる語。

謹告

つつしんでお知らせする意で, 公示や広告の文章の冒頭に用いる語。

謹啓

〔「つつしんで申し上げる」の意〕 手紙の最初に用いる挨拶(アイサツ)の言葉。 拝啓。

謹書

つつしんで書くこと。 また, その書画。

謹直

つつしみ深く, 正直でまじめな・こと(さま)。 「~な人」「極めて~に働く/鉄仮面(涙香)」 ﹛派生﹜~さ(名)

謹む

〔「慎(ツツ)む」と同源〕 (1)あやまちのないように, 行動を控えめにする。 《慎》「軽挙妄動を~・む」「言葉を~・む」 (2)度がすぎないようにする。 《慎》「酒を~・む」 (3)神仏・貴人などの前でかしこまった態度をとる。 《謹》「~・んで承る」「余り~・み給て, 今は目も見せ給はねば/狭衣 4」 → つつしんで (4)斎戒する。 物忌みする。 「伊予の守の朝臣の家に~・む事侍りて/源氏(帚木)」

細謹

こまかなことに気を配ること。 「君家の存亡, ~論ずべき時にあらず/桐一葉(逍遥)」

于謹

523年(正光4年)、破六韓抜陵が乱を起こし、柔然がその反乱を支援すると、于謹は大行台僕射の元纂の下で鎧曹参軍事となり、柔然を攻撃した。柔然は北魏の大軍が迫るのを察知すると、塞外に逃げ出した。于謹は元纂の命を受けて2000騎を率いて追撃し、鬱対原にいたり、前後17戦して柔然

薛謹

謹(せつ きん、401年 - 444年)は、後秦から北魏にかけての人物。字は法順。本貫は河東郡汾陰県。 薛弁の子として生まれた。容貌は魁偉で、史伝に通じた。 東晋の劉裕が後秦を滅ぼすと、薛謹は劉裕に召されて相府行参軍となった。まもなく記室参軍に転じた。 父の薛弁が北魏に亡命しようと、ひそかに薛謹

謹話

謹話(きんわ)とは、つつしんで話をすること。また、その話の内容のこと。 もとは、皇室に関することを述べる場合に、内閣総理大臣謹話(ないかくそうりだいじんきんわ)のように話し手の名前などのあとにつけて用いた語である。 衆議院議長謹話、参議院議長謹話、最高裁判所長官謹話、都道府県知事謹話などがある。

鄭敦謹

、両江総督馬新貽暗殺事件が発生し、調査を命じられた魁玉と張之万は犯人の張文祥には背後関係はないと報告した。鄭敦謹は再調査を命じられたが、張文祥の供述は変わらなかったため、魁玉と張之万の調査の通りと報告した。 1871年に引退。死後、恪慎の諡号が贈られた。 『清史稿』巻421・列伝208 表示 編集