Về Todaii Japanese
Hệ thống social
Phiên bản ứng dụng
Ứng dụng khác
Bản quyền thuộc về công ty cổ phần công nghệ eUp
Copyright@2026
JLPT N2 – Reading Exercise 75
私わたしは、文章ぶんしょうを書かくという仕事しごとにおいて、「独創的どくそうてきな表現ひょうげん」というものは、実じつはどこにも存在そんざいしないのではないかと考かんがえています。優すぐれた言葉ことばが生うまれるとき、それは常つねに、自分自身じぶんじしんの記憶きおくの奥底おくそこに眠ねむっている「言葉ことばの原風景げんふうけい」を現代げんだいに呼よび戻もどしているに過すぎないのです。若わかかった頃ころに読よんだ小説しょうせつの一節いっせつ、旅先たびさきで耳みみにした名なもなき人ひとの話はなし声ごえ、あるいは、悲かなしい時ときにそっとかけられた一言ひとこと。そうした過去かこの断片だんぺんを、今いまの自分じぶんの状況じょうきょうに合あわせて再構成さいこうせいし、言葉ことばを紡つむいでいるのです。つまり、表現ひょうげんとはゼロから生うみ出だすものではなく、時代じだいや他者たしゃから受うけ取とったものを、自分じぶんというフィルターを通とおして翻訳ほんやくする作業さぎょうだと言いえます。私わたしは、心こころが揺ゆれ動うごいた瞬間しゅんかんの記憶きおくを、まるで写真しゃしんのように覚おぼえています。その時ときの風かぜの冷つめたさ、街まちの喧騒けんそう、漂ただよってきた花はなの香かおり、隣となりにいた人ひとの表情ひょうじょうまでが、情景じょうけいとともに鮮明せんめいに刻きざまれています。心こころが動うごくとき、私わたしたちの記憶装置きおくそうちは驚おどろくべき精度せいどで、その場ばのすべてを記録きろくしているのです。(中略ちゅうりゃく)学生時代がくせいじだいの失敗しっぱい、社会人しゃかいじんとしての挫折ざせつ、大切たいせつな人ひとと過すごした穏おだやかな午後ごご。そうした過去かこの「記憶きおくの森もり」を遡さかのぼり、必要ひつようなシーンを切きり取とってくるわけです。しかし、その記憶きおくが霧きりがかかったように曖昧あいまいだと、うまく言葉ことばにすることができません。なぜ曖昧あいまいになるのかと言いえば、その瞬間しゅんかんに、心こころから感動かんどうしていなかったからです。魂たましいを揺ゆさぶられるような経験けいけんでなければ、それを現在げんざいに持もち帰かえることは不可能ふかのうなのです。こうした感動かんどうは、自分じぶん一人ひとりの努力どりょくだけで得えられるものではありません。導みちびいてくれた師し、共ともに笑わらった友人ゆうじん、あるいは、温あたたかい食事しょくじを用意よういしてくれた家族かぞくの存在そんざいがあって初はじめて成立せいりつします。自分じぶんが愛あいされていると感かんじた瞬間しゅんかんや、誰だれかが守まもり続つづけてきた美うつくしい文化ぶんかに触ふれたとき、私わたしたちは深ふかい感動かんどうを覚おぼえます。周囲しゅういの優やさしさや環境かんきょうによって、私わたしたちの「感動かんどうの種たね」は育そだてられているのです。豊ゆたかな表現ひょうげんができるかどうかは、どれだけ「美うつくしい記憶きおくの引ひき出だし」を持もっているかで決きまります。良よい本ほんを読よみ、良よい人ひとと出会であい、美うつくしい景色けしきを見みる。そうしたヒト・コト・モノとの質しつの高たかい関かかわりが、創造そうぞうの源泉げんせんとなるのです。
JLPT N2 – Reading Exercise 76
JLPT N2 – Reading Exercise 77
JLPT N2 – Reading Exercise 78