感情労働(対人サービス業において、自分自身の感情をコントロールする必要性がある労働)の本当の負担は、会話やタスクが展開されるずっと前にすでに始まっていることが多い。調整や予測、そして社会的モニタリングはすべて、ストレスの多い仕事のメールに返信する前や重要な会議に入る前、あるいは大変な1日の後にパートナーにあいさつする前から心に重くのしかかっている。
実際、多くの人は「その時」が訪れる前に、すでに少なくとも1回は感情的な労働を行っている。相手の口調を評価し、自分の表情を調整している。また、相手の反応を予測し、先んじて自分の接し方を和らげ、これから起こるであろう状況に合わせて自分のエネルギーを調整している。この目に見えない努力こそが、心理学者が感情労働と呼ぶものだ。そしてその大半はひ言めを発する前に起こっている。
感情労働という言葉は、社会学者アーリー・ホックシールドが職業上の期待に沿うために気持ちや感情表現を管理するプロセスを説明しようと最初に用いた。その後、心理学者たちはこの概念を広げ、職場だけでなく人間関係にも適用するようになった。
感情労働は通常、社会的規範に従って感情表現を調整することと定義される。これらの「表示に関する規則」は特定の環境でどの感情を表すことが適切かを定めるものだ。
例えば、サービス業の従業員は内心がどうであれ好意的な態度を取ることが期待される。リーダーは自信を示すこと、介護職の人は温もりを伝えることが期待される。
しかし感情労働には目に見える表現だけではなく、予測的な調整も含まれる。人は交流する前から感情の調整を行うことが多い。これには再評価や抑制、気持ちの昂りの調整が含まれる。言い換えると、感情労働の多くは言葉を発する前に行われている。
だが、私が作成した科学的知見に基づく「Emotional Labor Index(感情労働指数)」を使えば、見えにくいことが多い感情労働との関係の概要を把握することができる。
感情労働の身体的コスト心理学者ジェームズ・グロスの研究チームは、感情調整に関する最も影響力のあるモデルの1つを開発した。グロスらの研究は、感情反応が完全に起こる前に行われる先行焦点型の戦略と、感情がすでに表された後に行われる反応焦点型の戦略を区別している。
先行型の戦略には状況の選択や注意の配分、認知的再評価が含まれる。そしてこれらのプロセスは自動的に展開されることが多い。例えば、難しい会話を頭の中でリハーサルしたり、誰かの批判に反応する前にその意味を解釈し直したりする。
神経科学の研究では、これらの調整プロセスには前頭前皮質の活性化が伴うことが示されている。前頭前皮質は扁桃体などの領域で生成される感情反応を調整する。
この調整は認知リソースを消費する。そしてそれが1日中繰り返されると、累積的な負荷は相当なものになる。
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感情労働の心理的コスト心理学者は表層演技と深層演技を区別している。どちらも頻繁に用いられる調整戦略であり、感情労働の負担を増大させる。
・表層演技とは、内面的な感情を変えずに外側の表現だけを変えることだ。例えば、苛立ちを感じながらも笑顔を作るような場合だ。表層演技は感情的疲労や仕事満足度の低下、バーンアウト(燃え尽き)と関連している。
・深層演技とは、内面的感情を求められる表現に合わせようとする試みのことだ。例えば、本当に共感できるよう顧客の行動を別の視点でとらえ直すというのがこれにあたる。努力を要する点は同じだが、深層演技は感情の不協和を減らすため、表層演技より有害ではない傾向にある。
見えないコストは、自分が感じていることと表現しなければならないことに矛盾がある場合に伴うことが多い。
感情労働のもう1つの見過ごされがちな側面は周囲への警戒だ。一部の人は他の人の感情や声の調子、是認の変化に特に敏感だ。例えば自己モニタリングを頻繁に行う人は、さほどしない人よりも社会的な手がかりに基づいて行動を調整する傾向が強い。この適応力は社会では有利に働くが、継続的な注意力を必要とする。
絶え間ない警戒はストレス経路も活性化させる。持続的な感情調整はストレスホルモンであるコルチゾールの上昇や疲労の増加と一貫して関連している。特に自律性が低い状況で感情の不協和が生じるとバーンアウトに陥りやすくなる。ここで注意すべきは、社会において感情労働が均等に発生するわけではないという点だ。
研究では一貫して、権力を持たない人ほど多くの感情調整を行うことが示されている。従業員は上司に対して、サービス業の労働者は顧客に対して感情を調整する。研究ではさらに、感情労働への期待では男女差があることも示しており、女性は関係の調和を維持する役割を不釣り合いなほど期待されている。
こうした期待は職務記述書に書かれていることはほぼなく、暗黙のルールとなっている。感情労働が求められているにもかかわらず認識されない場合、それは目に見えない労働となる。チームの機能や士気を支えているにもかかわらず、報われないことが多い。
一部の人が感情労働を多く背負う理由人格や愛着に関する研究は、協調性が高い人や不安型の愛着スタイルを持つ人ほど、他者の感情に対する責任を引き受けやすいことを示している。そうした人は緊張を事前に和らげたり、集団の力関係を調整したり、あるいは他人のストレスを吸収したりするかもしれない。
共感性が高い人は感情的共鳴を強く経験する。境界がなければ、これは共感疲労へと発展する可能性がある。問題は共感そのものではなく、慢性的で報われない感情調整だ。
内省ツールとしての感情労働指数前述の感情労働指数は、この隠れた負荷を見える化するよう設計されている。主体性や注意の焦点、可視性を検討することで、感情責任の担い方のパターンを特定することを目的としている。
心理測定に着想を得た自己評価は、確立された理論に基づく場合、自己認識を高めることができる。感情プロセスを認識することで、情動強度が下がり、コントロール感が高まる。目標は感情労働を完全に排除することではない。健全な調整と慢性的な過剰機能を区別することだ。
感情労働は今後も社会生活からなくならないだろう。人間は人とのつながりなしには生きられないからだ。だがそうした労働が常に続き、認識されないままで、そして義務的なものになると、そのコストは静かに蓄積していく。感情労働指数はこれまで測定されてこなかったものを測るよう促している。なぜなら、言葉を発する前にあなたが行っているその隠れた仕事も労働だからだ。