米国五大湖の観測を担う調査船「ブルーヘロン」より滲出した黒色の粘液を詳細に分析した結果、既知のものにとどまらず、未知の微生物種が多数含まれていることが明らかとなった。この粘液の発生源は、船体の舵軸、すなわち方向転換を司る機構部分であることが判明している。
2023年9月、ブルーヘロンがエリー湖およびスペリオル湖におけるアオコ調査を終えた直後、停泊中の船内で乗員が舵軸から黒色タール状の物質が滲み出ているのを発見した。通常、舵軸は密閉された空間であり、外部環境に曝されることがほとんどないため、そこに生物が生息しているとは想定されていなかった。この異様な粘液の正体解明を目的として、ミネソタ大学ダルース校ラージレークス観測所のダグ・リケッツ氏はサンプルを採取し、研究者に調査を依頼した。
研究チームによると、この粘液からは多様な形態の微生物が検出され、その中にはこれまで確認されたことのない新種も含まれていた。現在、この物質は非公式に「ShipGoo001」と呼称されている。ミネソタ大学による2024年6月の発表によれば、粘液は舵軸内部の無酸素環境において増殖した可能性が高いとされている。
研究責任者のコーディー・シーク氏は、「船体のこの密閉空間に微生物が存在するとは想像すらしていなかった」と述べ、今後も同様の粘液が発見された場合には、無酸素状態を維持したまま慎重に採取する必要性を強調した。さらに、調査が進展すれば新種微生物の発見が相次ぐ可能性も指摘されている。
DNA解析の結果、この粘液から抽出された遺伝物質の一部は未知の微生物由来であったが、その他の遺伝子配列は地中海のタールボールやカナダ・アルバータ州の炭化水素汚染堆積物、さらにはカリフォルニア沿岸からドイツに至るまで、世界各地の類似環境で検出された微生物と関係があることが判明した。シーク氏は、「同様の微生物が見つかる環境は多岐にわたるが、幅広い視点から比較することで、これら生物の機能や生態をより明確に理解できる」と述べている。
一方で、今回発見された粘液がどのような経緯で船内に存在するに至ったのか、また船体の鉄を腐食させるバイオコロージョン(微生物腐食)の能力を有するのかなど、未解明の課題も多い。この物質が密閉環境で存続・増殖した背景には、複雑な食物網の存在が推察される。
ボストン大学のジェフリー・マーロウ助教は「膨大な数の微生物が地球上に存在する以上、新種発見自体は驚くべきことではない。重要なのは、それらがどこで発見され、どのようなゲノム的特徴や代謝能力を持つかであり、学術的関心の有無はそこに左右される」と指摘する。シーク氏らは、粘液の起源を明らかにするため、ブルーヘロンの過去の経緯についても調査を進めている。ブルーヘロンは約30年前に漁船から研究船へと転用されたものであり、舵軸には本来潤滑剤以外の物質は使用されていないが、過去の所有者による油の使用や、長期間休眠していた微生物の存在も考慮すべき要素である。また、マーロウ氏は、粘液が「マリンスノー」と呼ばれる有機物の塊に乗って舵軸に到達した可能性も指摘している。
シーク氏は、今後さらに粘液の起源解明を進める意向を示し、最初から舵軸内で増殖したのか、あるいは他の経路を経て付着したのか、様々なシナリオを検討する必要性を強調した。マーロウ氏は、「今回の発見が実現した背景には、微生物学的な関心と意識の高さがあったからこそであり、今後も私たちの身近な予想外の場所に、未知の微生物が生息している可能性があることを示唆している」と述べている。
(本記事は2025年8月3日初出の記事を再編集したものである。)