JLPT N2 – Reading Exercise 56
私たちは日常生活の中で、「大事なことを忘れてしまった」と悔やむことがよくある。学生時代の勉強であれ、仕事上の約束であれ、記憶力が良い人というのは社会で高く評価される。実際、私も昔の出来事をすっかり忘れていて、友人から驚かれることが少なくない。そのため、多くの人が記憶力を向上させるためのトレーニングに励んだり、忘れないようにメモを細かく残したりしている。忘れることは「悪」であり、すべてを記憶しておくことが理想だと信じられているようだ。
しかし、果たして人間はすべてを記憶しておくべきなのだろうか。もし、これまでの人生で経験した悲しい出来事や、激しい怒り、あるいは恥ずかしくてたまらない失敗の記憶を、まるで昨日のことのように鮮明に思い出し続けていたらどうなるだろう。おそらく、その苦痛に耐えきれず、精神が崩壊してしまうに違いない。
ところで、そもそも「忘れる」とはどういうことだろうか。
人間の脳は、コンピューターのハードディスクとは違う。コンピューターは入力されたデータをそのままの形で保存するが、人間の脳は時間とともに記憶を薄れさせ、あるいは自分に都合の良いように形を変えていく。
「年齢のせいで物覚えが悪くなった」と私たちはよく口にする。しかしそれは、単なる脳の機能低下というネガティブな理由だけではないと思うのだ。長年生きる中で蓄積される膨大な情報や感情から、自らを守るための防御システムが働いているのではないか。過去の悲しみや後悔を薄れさせることで、現在の目の前の問題に力を注ぐことができる。
そう考えると、「忘れる」という現象は、過去の重荷を下ろし、偶然の積み重なりで進んでいく人生を前向きに生きるために不可欠な能力なのではないか。忘却は、無意識のうちに、自分を守るために、自分を癒すために、都合よく働くものなのだろう。
記憶力は元来人間に備わっている重要な機能であるというのは間違いないが、人間は、自らの心を健やかに保ち、正気を維持するためにも、この「忘れる」という現象を用いる。人間は、他の動物にはない、そんな忘却の利用方法を身につけているのかもしれない。