「ピーナツアレルギーの患者を担当した経験がある医師はどれほどいるのか」と、アレルギー専門医であるギデオン・ラック氏はしばしば医学講演の冒頭で問いかける。実際、米国では子どもの2%以上がピーナツアレルギーを有し、ラック氏が勤務していた英国でも同様の有病率が報告されていた。しかし、約25年前、イスラエルで同様の講義を行った際、約200人の受講者のうち手を挙げたのはわずか2、3人に過ぎなかったのである。この事実は、同じユダヤ系の子どもたちの間で、英国とイスラエルでアレルギー発症率に大きな差が存在することを示唆していた。
この現象を解明するため、ラック氏らは15年にわたる調査を実施した。結果として、米国において急増していたピーナツアレルギーの発症率が、ある時期から著しく減少していることが明らかとなった。従来、親や小児科医、さらにはラック氏自身も信じていた「乳幼児へのピーナツ摂取を控えるべきだ」という指針こそが、むしろアレルギーの発症を助長していたことが判明したのである。ラック氏は「子どもたちを守ろうとした結果、かえって問題を生じさせていた」と述懐する。
イスラエルでは、赤ちゃんが最初に覚える言葉として「お母さん」「お父さん」「バンバ」が挙げられるという冗談がある。バンバとは、乳児にも与えられるピーナツスナック菓子であり、イスラエルの家庭では生後4~6カ月の乳児にも日常的に与えられている。バンバには多量のピーナツタンパク質が含まれており、この食習慣がイスラエルの子どもたちをアレルギーから守ってきたのではないかという仮説が生まれた。
ラック氏らの研究チームは、遺伝的背景を揃えるため、同じユダヤ系の子どもを対象に、イスラエルと英国ロンドンでそれぞれ約5000人ずつのピーナツアレルギー発症率を比較した。その結果、英国の発症率はイスラエルの10倍に及び、英国では約2%、一方のイスラエルでは「ほぼゼロ」であった。さらに、1歳未満の乳児における週当たりのピーナツ摂取量を調査したところ、英国では中央値が0グラムであるのに対し、イスラエルでは約2グラム、つまりバンバ約10個分に相当した。
かつては「乳児にピーナツを与えることは危険かつ倫理的に問題がある」と考えられていたが、研究結果はその逆を示していた。2008年に発表された研究では、幼児期に早期からピーナツを摂取することが、アレルギー発症率の低下と強く関連していることが示唆された。しかし、単なる関連性ではなく、因果関係を明らかにする必要があった。
そこでラック氏らは、重度の湿疹や卵アレルギーなど、ピーナツアレルギーのリスクが高い乳児640人を無作為に2群に分け、一方には生後4~11カ月からピーナツを含む食品を摂取させ、もう一方には5歳まで摂取を控えさせた。5年間の追跡調査の結果、ピーナツを摂取しなかったグループでは137%がアレルギーを発症したのに対し、早期摂取グループではわずか1,9%にとどまった。もともとアレルギーの兆候があった乳児でも、摂取しなかった場合35,3%、摂取した場合106%と、大きな差が認められた。このLEAP研究の成果は2015年に権威ある医学誌で発表され、医学界に大きな衝撃を与えた。
とはいえ、この新たな知見が直ちに医療現場や社会に受け入れられるとは限らなかった。2000年に米小児科学会が出した指針では、確定的な根拠はないものの、乳児へのピーナツ摂取を3歳まで控えることが推奨されていた。ラック氏自身も当時はこの指針に従っていたが、今となっては誤った助言であったと認めている。その後、2008年に指針は一部撤回されたものの、早期摂取を積極的に推奨するまでには至らなかった。しかし、LEAP研究の発表を契機に指針は改訂され、2017年および2021年には推奨事項がさらに拡充された。
最近の研究によれば、米国における3歳未満の子どものピーナツアレルギー発症率は、2015年の指針改訂以降33%、2017年以降では43%も減少したという。かつて最も一般的だったピーナツアレルギーは、現在では卵アレルギーに次ぐ2番目となった。フィラデルフィア小児病院の研究者は、指針改訂によって約4万人の子どもがピーナツアレルギーを回避できた可能性を指摘している。
ラック氏は現在も研究を継続しており、乳児期の早期に湿疹を治療することで食物アレルギー発症を予防できるかという新たな課題に取り組んでいる。長年、食物アレルギーが湿疹を引き起こすと考えられてきたが、近年ではその逆であることが明らかになりつつある。ラック氏の研究は、医学的常識が時に覆されること、そして科学的検証の重要性を示す好例であると言えるだろう。