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單字詳情

牀榻

[しょうとう]
寝台。 また, 腰掛け。

相關單字

榻

〔「とん(榻)」は唐音〕 中国で用いられる陶磁製の太鼓状の腰掛け。 主に庭園で用いられる。

牀

※一※ (名) (1)ねどこ。 (2)ゆか。 「~ニフス/ヘボン」 ※二※ (接尾) 助数詞。 病院などで, 病人用のベッドの数を数えるのに用いる。

榻背

椅子の背もたれ。

床榻

寝台。 また, 腰掛け。

牀下

(1)ゆかした。 (2)ねどこの下。 また, ねどこ。 「病を扶けて~に坐す/太平記 27」

胡牀

一人用のこしかけ。 床机(シヨウギ)。 あぐら。 〔中国北方, 胡の国から伝えられたという〕

病牀

病人の寝ている床。 やまいの床。 病褥(ビヨウジヨク)。 「~日記」

主な中国水墨画一覧

) 停雲館言別図(1531年) 石湖清勝図巻(1532年) 関山積雪図巻(1532年) 寒林鍾馗図(1534年) 仿王蒙山水図(1535年) 松声一榻図 山水図(1539年) 仿李成寒林図(1540年) 江南春図(1547年) 仿趙伯驌後赤壁図巻(1548年) 古木寒泉図(1549年) 真賞斎図巻

大矢田宿禰

『新撰姓氏録』によると、神功皇后の三韓征伐に従って新羅を討ったとされる。その後は新羅に留まり、鎮守将軍となって、新羅王猶榻の女を娶り、佐久命と武義命という兄弟をもうけた。 佐久命の9世孫の和珥部臣鳥や務大肆・忍勝は来日し、近江国志賀郡真野村に居住したため、天智天皇の庚寅

観松院

れている。松川村に祀られるようになった経緯も年代もはっきりしていない。 像高(座高)16.4センチメートル、総高(台座含む)30.2センチメートル。榻座(とうざ)と呼ばれる円筒形の台座に腰掛ける形の半跏像(左脚を踏み下げ、右足首を左腿に乗せる)である。頭上の宝冠の上部には三日月形の上の宝珠を表し、

漕盈路駅

老松蒸公路小蒸←→漕盈路站 ・青蒸线 老朱枫公路蒸淀←→漕盈路站 ・青车专线 车墩长途站←→漕盈路站 ・松青线 松江汽车东站←→漕盈路站 ・青商线 商榻汽车站←→漕盈路站 ・青金线新池村 新池村←→漕盈路站 ・青枫专线 枫泾枢纽站←→漕盈路站 ・青浦13路 新桥路久业路←→漕盈路站 ・青浦5路 秀源路崧润路←→漕盈路站

朱友敬

巻十三 梁家人伝第一  康王友孜,目重瞳子,嘗竊自負,以為当為天子。貞明元年,末帝徳妃薨,将葬,友孜使刺客夜入寝中。末帝方寐,夢人害己,既寤,聞榻上宝剣鎗然有声,躍起,抽剣曰:「将有変邪!」乃索寝中,得刺客,手殺之,遂誅友孜。明日,謂趙巌・張漢傑曰:「幾与卿輩不相見。」由此遂疎弱宗室,而信任趙・張,以至於敗亡。

竇軌

て家奴を斬るように命じた。家奴は濡れ衣だと訴えたため、刑罰をつかさどる者が疑って決しないでいると、竇軌は合わせてこれも斬った。のちに入朝したとき、御榻の座を賜ったが、態度はつつましくなく、座ったまま詔に答えたため、李淵は怒って「公が入蜀したとき、車騎・驃騎の従者は二十人いたが、公はことごとく斬り殺

静夜思

靜夜思)は、中国唐時代の詩人李白の五言絶句の題名である。「早発白帝城」(中国語:早發白帝城、七言絶句)などと並ぶ有名な作品。 詩の内容は 牀(床)前看月光 牀前月光を看る 疑是地上霜 疑うらくは是れ地上の霜かと 挙頭望山月 頭(こうべ)を挙げて山月を望み 低頭思故郷 頭を低して故郷を思ふ

三十六字母

慧琳音義では従・邪、牀(船)・禅(常)が合流している。なお中古音では邵栄芬(1982)のように牀(船)を摩擦音、禅(常)を破擦音とする説も存在する ^ 正歯音は歯茎硬口蓋音とそり舌音の両方の音を示す ^ a b 暁を[x]、匣を[ɣ]のように軟口蓋音とする説もある ^ 「嬢」とも書く ^ 「床」とも書く ^

床弩

床弩(しょうど)は、主に城攻めに使われた弩を大きくしたような形で台車に固定された兵器である。床子弩、牀弩、牀子弩とも記述される。長さ2mの矢を撃つとされる。墨子には中国の春秋時代に開発されたとある。 オペレーター7人。宋代の三弓床弩は最大射程1.5kmとされる。 宋の記録によれば、遼の床

广部

-「廢(廃)」(家が倒壊する)・「廣(広)」(ひろい)・「廓」(広くがらんとした・広げる)・「度」(測量する)・「庇」(おおう) 住宅内で使うもの - 後起字に「床」(寝台。「牀」が通用字)・「座」(腰掛け。「坐」が通用字)がある。 家と関わるもの - 「庶」(屋根の下で火を囲んで多くの人がいることから、庶民・多いの意となったという)

新免一五坊

病牀六尺』で謝意を記している。子規は同年9月19日に死去する。 九十九 おくられものくさぐさ (略) 一、やまめ(川魚)三尾は甲州の一五坊より なまよみの、かひのやまめは、ぬばたまの、夜ぶりのあみに、三つ入りぬ、その三つみなを、わにおくりこし — (八月十九日)『病牀六尺』

藤原道綱母

く、寂しい生活を送ったと言われているが詳細は不明。[要出典]。 『尊卑分脈』に「本朝第一美人三人内也(=日本で最も美しい女性三人のうちの一人である)」と書かれているが、尊卑分脈は間違いも多く根拠は判然としない。なお、『榻鴫暁筆』(室町時代後期)によれば、他の2人は藤原安宿媛(光明皇后)と藤原延子