アメリカの
副大統領を
務め、
その後、
駐日大使として
沖縄県の
普天間基地の
移設をめぐる
交渉にもあたったウォルター・モンデール
氏が19
日、
亡くなりました。93
歳でした。
AP通信などアメリカの複数のメディアは、家族の話として、ウォルター・モンデール元副大統領が19日、亡くなったと伝えました。
モンデール氏は中西部ミネソタ州出身で、上院議員を経て、1977年から81年まで民主党のカーター政権で副大統領を務めました。
1984年のアメリカ大統領選挙では民主党の候補として立候補し、当選はなりませんでしたが、副大統領候補に民主党として初めて女性のフェラーロ氏を指名したことでも知られています。
その後、1993年から1996年までクリントン政権で駐日大使を務め、日本との貿易赤字の削減に向けた交渉などにあたりました。
さらに沖縄県の普天間基地の移設をめぐる交渉にもあたり、1996年には基地の機能を県内に移すことを条件に普天間基地を全面返還することで、当時の橋本総理大臣と合意に達しました。
モンデール氏が亡くなったことについて、カーター元大統領は「アメリカ史上最高の副大統領だった」とする声明を出し、その死を悼みました。
加藤官房長官「思い引き継ぎ 普天間返還へ全力」
加藤官房長官は、閣議のあとの記者会見で「誠に残念であり、心からお悔やみを申し上げたい。クリントン政権下の1993年から駐日大使を務め、1996年4月には当時の橋本総理大臣との間で普天間飛行場の返還について合意し、共同で記者会見をした。それから25年が経過しているが、政府としてはモンデール氏の思いも引き継ぎ、地元の皆さんのご理解も得ながら普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指し、基地負担の軽減を図るべく全力で取り組んでいきたい」と述べました。