食たべられなかったおせち 見みつからない重箱じゅうばこの3段だん目めは…

あの日ひ、女性じょせいは父ちちにそう声こえをかけて出勤しゅっきんしましたが、一緒いっしょに食たべることはできませんでした。

倒壊とうかいした自宅じたくからは、おせちが入はいっていた重箱じゅうばこが見みつかりました。

しかし、3段だんのうち1段だんだけは見みつかりません。

見みつからない3段だん目めは、きっと…。

父ちちが大好だいすきなおせちを

「あけましておめでとう」

元日がんじつの朝あさ、土中どちゅう美紀みきさん(47)は輪島わじま市し山岸やまぎし町まちの自宅じたくで、父ちちの健一郎けんいちろうさん(74)と新年しんねんを迎むかえました。

もともと両親りょうしんと娘むすめの4人にんで暮くらしていましたが、10年ねんほど前まえに母ははが亡なくなり、娘むすめが高校こうこうを卒業そつぎょうした6年ねん前まえからは父ちちと2人にんの生活せいかつになっていました。

美紀みきさんは元日がんじつも仕事しごとでした。

輪島わじま市しの隣となりの穴水あなみず町まちの職場しょくばへ出勤しゅっきんする前まえに、健一郎けんいちろうさんと2人にんで、おもちと美紀みきさんが作つくった甘あまいぜんざいを食たべました。

その日ひの夕方ゆうがたには東京とうきょうで暮くらす娘むすめも帰省きせいしてくる予定よていで、3人にんで食たべるために美紀みきさんは大おおみそかからおせちを作つくりました。

土中どちゅう美紀みきさん

「おせちには、お父おとうさんの好すきななますと、黒豆くろまめと、あとはかまぼこ、だし巻まき、煮にしめも入はいってました。うちはぶりを甘辛あまからくしたのを、だいこんのなますにあえて作つくるんです。それをお父おとうさんが大好だいすきで、うちの娘むすめも好すきなので」

家いえを出でる時とき、美紀みきさんは健一郎けんいちろうさんにこう声こえをかけました。

「おせち作つくったの、優希ゆうき（美紀みきさんの娘むすめ）帰かえってくるし、夕方ゆうがた帰かえってくるまで食たべんといてや」

ふだん、健一郎けんいちろうさんは美紀みきさんが作つくった料理りょうりをつまみ食つまみぐいすることがよくあったので、3人にんで食たべたいから夜よるまでになくなってたら困こまる、との思おもいからでした。

「お父おとうさんを捜さがしてください」

午後ごご4時じすぎ、美紀みきさんは勤務きんむ先さきのホテルで地震じしんに遭あいました。

健一郎けんいちろうさんの電話でんわは何なん度どかけてもつながりません。

警察けいさつに電話でんわして「お父おとうさんを捜さがしてください」と何なん回かいも伝つたえましたが、「順番じゅんばんに捜さがします」とのことでした。

「うちのお父おとうさん、もし避難ひなん所しょで見みかけたら教おしえてね」

地元じもとの友ともだちにもお願おねがいしました。

そうした中なか、近所きんじょの幼おさななじみの子こから連絡れんらくがありました。

「家いえがつぶれている」

いてもたってもいられなくなり、すぐにでも自宅じたくに向むかいたかったものの、輪島わじま市しへの道路どうろは各地かくちで寸断すんだんされていました。

その夜よるは穴水あなみず町まちにとどまらざるをえず、車くるまの中なかで眠ねむれない夜よるを明あかしました。

「健一郎けんいちろうさんが見みつかった」と電話でんわが来きたのは翌よく2日にちの夕方ゆうがたでした。

近所きんじょの幼おさななじみからでした。

「みのりちゃん、お父おとうさん見みつかったよ。残念ざんねんやけどダメだったわ。私わたしもなんもできんかってごめんね、ごめんね」

何なん度ども何なん度ども謝あやまっていました。

輪島わじま市しに帰かえり、対面たいめんした健一郎けんいちろうさんは、いつも通とおりの顔かおをしていたといいます。

「見みつかった時ときの服ふく、パジャマやったし、お正月おしょうがつゆっくりしてて、きっとみんなが帰かえってくるのを待まっとったんかなって。私わたしも仕事しごと終おわって娘むすめも来きたら3人にんで初詣はつもうで行いこうねって約束やくそくしとったし」

「お父おとうさん、こたつで寝ねとる時ときみたいやった。起おきるかもしれん、と思おもったけど、起おきんかった」

「鉄道てつどうマン」だった健一郎けんいちろうさん

健一郎けんいちろうさんは現役げんえき時代じだい、鉄道てつどうマンとして働はたらき、家族かぞくを養やしなってきました。

国鉄こくてつからJR、地元じもとを走はしる「のと鉄道てつどう」にも勤つとめ、主おもに線路せんろの整備せいびなどの仕事しごとをしていたということです。

単身たんしん赴任ふにんの時期じきも多おおかったものの、休日きゅうじつには輪島わじまに帰かえってくる家族かぞく思おもいの父親ちちおやだったといいます。

2007年ねんに発生はっせいした能登のと半島はんとう地震じしんのときには家族かぞくの安全あんぜんを確認かくにんするとすぐに仕事しごとに出でて行いくなど、自分じぶんの仕事しごとへの責任せきにん感かんが強つよかったということです。

「なんでこんなところに」

「お父おとうさん帰かえってきたよ」

美紀みきさんは、地震じしんのあとたびたび健一郎けんいちろうさんと過すごした輪島わじま市しの自宅じたくに帰かえり、思い出おもいでの品しなを捜さがし続つづけています。

今月こんげつ15日にちも数珠じゅずを持もって手てを合あわせたあと、家いえの前まえにあるいすの上うえに遺影いえいを置おき、その後そのご1時間じかんほどかけて家いえの中なかに入はいって捜さがしました。

この日ひは、元日がんじつの朝あさに一緒いっしょに食たべたぜんざいを煮にた鍋なべがみつかりました。

鍋なべには、あんこが付ついたままの状態じょうたいでした。

また、おせちを入いれていた重箱じゅうばこもこれまでに見みつかっています。

「本当ほんとうに、お正月おしょうがつ食たべれんかったんやなって。なんでこんなところに転ころがってるんやろうと思おもいました。一緒いっしょに食たべるはずやったおせちやし、なんでこんなことになったんかなって涙なみだが止とまらなくなりました」

泣ないてばかりいると「しっかりせんか」

美紀みきさんは今いま、金沢かなざわ市しのみなし仮設かせつ住宅じゅうたくでの生活せいかつを始はじめていますが、これからも、輪島わじま市しの自宅じたくを訪おとずれ続つづけることにしています。

「気持きもちの整理せいりはまだつかないです。お父おとうさんも亡なくなって、どうしたらいいかわからんというのが今いまの正直しょうじきな気持きもちです。毎日まいにちいろいろ、家いえの片かたづけもしたり、手続てつづきに行いったり、お父おとうさんの葬式そうしきや四よん十じゅう九きゅう日にちとか、いろんなことで忙いそがしくしているからなんとか毎日まいにちを送おくれているような気きがします」

「自分じぶんの家いえだから、本当ほんとうは輪島わじまに帰かえりたいです。足あしの踏ふみ場じょうもないけど、お父おとうさんもお母おかあさんもいるような気きがするから、輪島わじまに帰かえり続つづけようと思おもいます」

「たぶん、泣ないてばっかりおったら怒おこられるから、『うん、頑張がんばるよ』って、『ちゃんと頑張がんばるよ』って言いいたいかな。泣ないてばっかりやったらまた怒おこられるし、「しっかりせんか」って。きっとお父おとうさんも見みてくれていると思おもう」

重箱じゅうばこの3段だん目めは…

美紀みきさんはあの日ひの出勤しゅっきん前まえ、健一郎けんいちろうさんに「おせち先さきに食たべんといてや」と声こえをかけて家いえを出でました。

「そんなこと言いわんと、ちょっとでも食たべとってくれればよかったなって思おもう。前まえの日ひにお父おとうさんの好すきなものいっぱい作つくったし、みんなでおせち食たべていい正月しょうがつ迎むかえる予定よていやったんやから」

重箱じゅうばこは3段だんありましたが、見みつかったのは2段だんだけ。

もう1段だんあったはずですが、まだ見みつかっていません。

「重箱じゅうばこの3段だん目めが見みつからんのは、お父おとうさんが天国てんごくに持もってって食たべとるんじゃないか」

知人ちじんにそう言いわれた時とき、美紀みきさんは「あ、そうやったらいいな」と思おもったといいます。

「少すこしでも食たべててくれたらいいなって。一生いっしょう懸命けんめい作つくったから。そう思おもいます」