野生オオカミによる道具的行動の初観察――意図的操作と知性の新たな証拠
カナダ・ブリティッシュコロンビア州中部沿岸部に生息する野生のメスオオカミが、水中に設置されたカニ用の罠を巧みに引き寄せ、餌を得る様子が初めて映像で記録された。この行動は、これまで観察されたことがなかったものであり、オオカミによる道具てきな行動が科学的に初めて裏付けられた事例となる可能性が高い。
当該罠は、先住民族であるヘイルツク族による環境管理プログラムの一環として設置されたものであり、欧州原産の侵略的外来種「ヨーロッパミドリガニ」の拡散抑制を目的として用いられている。ニューヨーク州立大学のカイル・アーテル助教は、「罠の損傷はクマやオオカミによるものと推測されたが、深い水中に設置された罠に関しては、これまでクマやオオカミが関与するとは考えにくかった」と述べている。調査チームは、原因を特定するため動体検知カメラを設置し、カワウソやアザラシが映ると予想していたものの、記録されたのは浮標(ブイ)を咥え泳ぐオオカミの姿であった。
オオカミは、ブイを砂浜に落とした後、そのブイに繋がるロープを引き、最終的に水中から罠を引き上げることに成功した。その後、罠を浅瀬まで移動させ、中に入っていたニシンの切れ端を取り出した。この一連の行動についてアーテル助教は、「控えめに言っても予想外であり、極めて知的な問題解決能力の現れである」と評価している。オオカミが高度な知性を有すること自体は既知であるものの、これほど明確な道具てき行動が観察されたのは前例がなかった。
また、複数の手順を組み合わせて餌にたどり着く点に注目が集まっている。アーテル助教は、「オオカミの行動は、目的達成のために計画的かつ意図的に実施されたものであり、人間が同様の状況に置かれた場合と変わらない」と指摘する。さらに、オオカミが水中の罠自体を視認できない状況下でも、ロープの端をじっと見つめて待ち構えるなど、極めて集中した効率的な行動を取っていたことが明らかになった。
こうした行動が発達した背景については、ヘイルツク族の領域が世界的にも稀な、オオカミが狩猟や罠による脅威をほとんど受けない環境であることが関係している可能性がある。アーテル助教は、「オオカミが常に警戒する必要がない環境だからこそ、このような行動が発現したのではないか」との見解を示した。
動物による道具使用については、1970年代にチンパンジーの事例がジェーン・グドール氏によって初めて記録されて以来、イルカ、ゾウ、鳥類、さらには一部の昆虫に至るまで、様々な種で確認されてきた。アーテル助教は、今回のオオカミの行動も道具使用に該当すると考えているが、その定義には主観的な要素が含まれることを認めている。「自分の体以外;いがい}の物体を用いて目的を達成する場合、それは道具使用とされるが、道具を自ら作り出す必要があるという定義も存在する」と述べ、今回のオオカミは既存のロープを利用したにすぎない点を指摘した。
しかし、人間が同様の行動を取った場合、それを道具使用と呼ぶことに疑いはないはずだとアーテル助教は強調する。「私たちも自ら作らない道具を日常的に利用している」と述べ、今回の観察結果が動物の知性と道具てき行動の定義に新たな議論をもたらす可能性を示唆した。本研究は、学術誌『エコロジー・アンド・エボリューション』に掲載された。