事件から19年となった11日、崩壊した世界貿易センタービルの跡地で追悼式典が開かれ、新型コロナウイルス対策でマスクを着用した遺族が参列し、旅客機が激突した時間に合わせて黙とうをささげました。
式典には野党・民主党の大統領候補バイデン氏やペンス副大統領も出席し、犠牲者の名前が一人一人読み上げられました。
事件をきっかけにアメリカはアフガニスタンでの軍事作戦に踏み切り、今も続く作戦は「アメリカ史上、最も長い戦争」とも言われています。
トランプ政権はその終結を目指し反政府武装勢力タリバンと和平合意に署名し、駐留するアメリカ軍の削減を進めていますが、現地の治安情勢は依然、改善していません。
またアメリカでは事件後、事件と関係のないイスラム教徒への憎悪犯罪=ヘイトクライムが相次ぎましたが、ことしに入ってからは新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、アジア系の人たちへのヘイトクライムが急増していて、遺族の1人は怒りや憎しみを乗り越えたみずからの経験から、今こそ偏見や差別をなくすため力をあわせるべきだと訴えていました。
偏見や差別をなくそうと訴える遺族
アメリカ東部マサチューセッツ州に住むロビン・ドナティさんです。
世界貿易センタービルの保険会社で働いていた母親を事件で亡くしました。
「深い悲しみに苦しみ、テロリストたちに怒りを感じました」。
行き場のない怒りと苦しみを事件を引き起こしたイスラム過激派に向けたというドナティさん。
当時、アメリカではイスラム教徒への偏見が強まり、憎悪犯罪=ヘイトクライムが相次いでいました。
そのなかでイスラム教徒に不信感を抱くようになっていたというドナティさん。
それが変わるきっかけとなったのがイスラム教徒との交流でした。
友人の誘いで参加した勉強会で、イスラム教徒の友人ができ、不信感がなくなっていったといいます。
「世界には多くのイスラム教徒がいて、過激派はごくわずかです。多くのイスラム教徒をテロリストと同じように扱うのは間違っていると思うようになりました」。
怒りを乗り越えるには人種や宗教に関係なく互いを知り受け入れることが大切なのではないか。
そう感じたドナティさんは二度と悲劇を繰り返させてはならないと偏見や差別をなくそうと訴える活動を続けてきました。
しかし今、アメリカ社会で起きている事態に懸念を深めています。
新型ウイルスの感染拡大以降、アジア系の人たちへのヘイトクライムが急増。
人種差別の抗議活動でも対立が起き、参加者が撃たれて死亡する事件も起きました。
偏見と差別が渦巻いた事件直後の空気を今の社会にも感じるというドナティさん。
かつてのように怒りと憎しみを乗り越えるには、今こそ人々が力をあわせる必要があると訴えています。
「みんなで協力すれば、問題を乗り越えられます。私たちは変化を起こせるんです。ヘイトクライムをなくし寛容な社会を取り戻すために活動を続けていきます」。
次の世代に経験を伝えていこうという遺族
憎しみや偏見に立ち向かうため、教育者として次の世代にみずからの経験を伝えていこうという遺族もいます。
陳エミリーさん。19歳の時、事件で父親を失いました。
世界貿易センタービルに激突した旅客機に搭乗していたのです。
宗教団体で働き、人を笑わせることが何よりも好きだったという父親。
突然の出来事に深い苦しみにさいなまれました。
「笑顔がよかったんですよね。笑わせてくれたというかおやじギャグいっぱい言って。確信したときに、亡くなったということを。最初にやはり思い浮かんだのが将来を見せてあげられない。将来の家族を」。
エミリーさんが悲しみを乗り越える力となったのが、かつての父の姿でした。
何事にも前向きだった父。自分も前を向いて進んでいかなくてはならないと思うようになったといいます。
そのエミリーさんが直面したのが社会に渦巻く憎しみでした。
イスラム教徒をねらったヘイトクライムを止めなければならないと強く感じたといいます。
「憎しみを断ち切るどころかもっとエスカレートさせてしまっているような感じがしました」。
エミリーさんはみずからの思いを本に記しました。「憎しみの連鎖を断ち切らなければ本当の平和はやってこない」。
誰であっても相手を受け止めた父の姿を思い、憎しみにとらわれなかったからこそ伝えられることがある。
エミリーさんは教育者になり次の世代に憎しみや偏見に立ち向かう力を伝えていきたいと考えています。
「今のアメリカ社会は、憎しみに焦点が当たっていますが、子どもたちには、どの文化や人種にもよさや強みがあることを知ってもらいたいです。目の前の一人一人を大事にするということを伝えていきたいです」。