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JLPT N1 – Reading Exercise 83
「名前なまえ」というものは、他者たしゃと関かかわるうえでの「1」欠かかせない手てがかりだと、私わたしは考かんがえている。同時どうじに、自分自身じぶんじしんを他人たにんに認識にんしきしてもらうための大切たいせつな手段しゅだんでもある。「同おなじ名字みょうじですね。もしかして親戚しんせきですか?」ということもあれば、「珍めずらしい名前なまえですね、ご出身しゅっしんはどちらですか?」という場面ばめんもあるだろう。それに私わたしは、「2」自分じぶんの名前なまえに誇ほこりを持もっている。どんなにありふれていようが、あるいは変かわっていようが、それは両親りょうしんが思おもいを込こめてつけてくれたものであり、私わたしの人生じんせいと切きり離はなせない。時ときには不便ふべんや誤解ごかいもあったが、それもまた私わたしの歩あゆみの一部いちぶであり、決けっして否定ひていしたくはない。しかし、社会的しゃかいてきに高たかい地位ちいにある人ひとでも、自分じぶんの名前なまえを公おおやけにしたがらない方かたが少すくなくないようだ。ある講演会こうえんかいに参加さんかした際さい、配布はいふされた資料しりょうの講師こうし紹介しょうかいで、私わたしの欄らんだけ名前なまえがイニシャルになっていた。他の講師こうしは全員ぜんいん、フルネームが記載きさいされている。なぜかと尋たずねると、「3」講師こうしの中なかには名前なまえを伏ふせてほしいと希望きぼうされる方かたが多おおいので、と言いわれた。つまり、私わたしも同おなじだろうと配慮はいりょして、勝手かってに名前なまえを伏ふせてくれたのだ。ありがた迷惑めいわくである。一言ひとこと、どうしますかと聞きいてほしかったのにと、「4」むしろ不快ふかいに感かんじた。
JLPT N1 – Reading Exercise 84
JLPT N1 – Reading Exercise 85
JLPT N1 – Reading Exercise 86