写真の姉妹らは、80年ごろ、イングランド南西部コーンウォールのキャッスルビーチで撮影された写真を見て、その場面を再現しようと考えた。幼少期からこの海辺で過ごしてきた彼女らにとっては、何とも自然な思いつきだった。
本当に「この写真を見ると、私たち3人姉妹をよく表している」と思いながら、姉妹の1人はかねてからこの写真を再現するべきだと考えていたのである。同僚も、おそらくその面白い提案に同意し、再現するのは簡単だと思っていた。写真を撮った場所も明確だったからだ。
姉妹たちがその計画を実行に移さなかったのは、今まで単に実行する機会を逃していただけだったのだろう。水着や敷物、菓子をパックした再現写真を撮るには、2024年の夏がついにふさわしい機会だったのだ。とはいえ、3人の年齢はすでに60代後半から70代。曇り空の下、その機会を逃したら、次の75歳の誕生日までは待てないとしたら、今しかないと考えるのも当然だろう。
その思いを強くさせたのは、数年前の出来事にほかならない。考えてみれば、それは認知症と診断されたことであったという。こうしてこの写真の再現写真を、年老いた姉妹たちが笑いながら撮ったというのも、また1つに彼女らの姉妹の絆の証しである。
80年代の写真に写っていた海岸のカフェはもう消えてしまったが、キャッスルビーチには現在も新しいカフェがある。1人の姉妹が、店員に昔の写真の再現を手伝ってもらえないかを頼んだところ、1人の大学生スタッフが快く引き受けてくれた。
こうして、再現写真がSNSで広まり、地元のニュースにまで取り上げられるに至った。否定的な意見もなかったわけではないが、家族や友人たちはその写真を大いに喜んだに違いない。
他の人がこの写真を見て楽しんだり感動したりしてくれるのであれば、それは姉妹にとって思いがけないうれしい副産物である。
人間とは、どんなに時が経過しても、本来の自分とはそう大きく変わることのない存在に感じられる。姉妹の絆も同じだ。それゆえ、写真それ自体に完璧さを求める必要はないのではないかとさえ思う。夕日を照らす海辺で楽しげに語らう3人姉妹の姿。それこそが何物にも代えがたい有形の資産だ。