最初に生まれた子どもは、赤ちゃんの頃の写真が多く、親の期待を一身に受ける存在になりやすい。末っ子は、親の関心がいくらか薄れた中で、何をしても大目に見てもらいやすく、「最後の子」への思い入れのもとに、独特の優しさを向けられる傾向がある。こうした出生順の子どもたちの間で「中間子」は、常に注目される存在ではなく、下の子を気遣う長子と、守られる末っ子に挟まれて親の関心を得づらい。米国の心理学者、アルフレッド・アドラーがこの現象を指摘し、「中間子症候群(middle child syndrome)」という呼び方が生まれた。これは、末っ子と長子に比べて無視されてしまうといったネガティブな経験をなんとかする方法を模索したもので、親への関心を求めるために競争心を燃やしたり、主張すればよいとされてきた。しかし、話はそんなに単純ではない。多くの真ん中っ子は、自分が「見過ごされる存在」になりやすいことを認めている。そうでない場合は、家族構成や両親の育て方が影響していると考えられる。事実、長い間中間子症候群は、もっぱら克服すべき障害として見られてきた。だが、この現象についての研究からは、より重要な問いが立ち上がる。両親の関心を容易には得られなかったことが、真ん中っ子を痛めつけるだけでなく、人生の大切なことを教えてきたのではないか。彼らは、平均的な長子や末っ子よりも周囲をよく見ていて、多様なニーズや思惑を察しながらバランスを取り、妥協と仲裁に長けるようになる。既存のパワー争いに加わるのではなく、状況を他よりよく見ている。第三者というのはそういうものだ。真ん中っ子が恋愛面でどのような特性を持つかを調べた研究もある。以下、真ん中っ子に関して述べられた3つの研究を紹介する。
1, 真ん中っ子は浮気をしづらい雑誌『Human Nature』に掲載された研究では、異なる出生順の男女245人を対象に、恋愛や家族・友人関係への向き合い方について調べている。その結果、真ん中っ子は他の出生順の人たちよりも浮気に走って恋人を裏切る傾向が低かった。長子や末っ子が、親の関心を得やすい立場にあることに対して、真ん中っ子の本当の親密さを体験する場所は家庭以外だ。望んでいたように見てもらえなかった体験は、その後の人生の指針になるということがうかがえる。
2, 妥協する力が優れているこれはカップル・セラピーの専門家なら誰もが見てきたことだが、カップルが直面する最も根強い対立の一つは、お互いが自分のやり方を正しいと信じて譲らないという状況だ。この状態は必ずしも危険を示すわけではないものの、放っておくと破局へと向かいかねない。カップルが自分の価値観で固まってしまうと、当人たちの意図とは逆に、相手への信頼や愛情が損なわれてしまう。このようなリスクの実例を長子や末っ子に求めるなら、強すぎる自我や無責任ということになるかもしれない。それに対して、真ん中っ子はどの出生順にも欠けている資質、すなわち「エゴに縛られない柔軟性」を持つ。同じ組み合わせの長子×長子や末っ子×末っ子に見られるような危険は生じえない。従って、長年調整する経験を積んできた真ん中っ子は、他よりも強力な協調性を持つということになる。この妥協スキルは、単にあいまいに受け入れる能力ではなく、高度な社会的知恵と言えるものだ。
3, 関係の安定に価値を置き、家族外の関係に注意を注ぎやすい心当たりがある人も多いだろうが、無条件に関心を寄せることがなかった親に育てられた者には、自分を過小評価してしまう傾向が生じる。雑誌『Evolution and Human Behavior』に掲載された研究では、真ん中っ子は末っ子や長子よりも目立った存在になれないという悩みや、自分は特別な存在ではないかのような思いを抱くことが多いとされている。この感情がときに不機嫌に見えるのは否定しづらいが、愛情を見出すためのコツなのかもしれない。恋人に大切にしてもらいたいという願いを持っていれば、その願いの実現に努力を惜しまないだろう。
仲の良い関係を築くことに意欲的で、パートナーの幸福や成功を支えることにこそ真の喜びを見出す可能性が高い。自分を単に見捨てられた子だとは思わずに、自分が深く愛されていると感じたいだけだと考えたほうがいいかもしれない。家庭で満足に愛されなかった環境で育ったために、どうしても友人や恋愛相手といった家族以外に愛着を移すことになる。無視された過去に苦しむこともあるが、人並みの注意や承認を欠いて育った者は、家族以外の人間関係に愛情を注ぎ、家族外の関係を本当の意味で大切にするようになる。
長子と真ん中っ子の組み合わせは、恋愛感情が強いと言っていい。真ん中っ子は自分に課せられた分を、長子に委ねる傾向がある。長子の目標を理解することに努力を惜しまない傾向もある。いずれにしても、出生順による特徴は、あくまで群れの傾向に過ぎない。個人の性格は関心を寄せてくれる人と出会えるまでの待機状態にあるだけかもしれない。真ん中っ子は自分を愛してくれる人が必要だっただけなのかもしれない。