近年、私の文章には奇妙な現象が生じている。ダッシュ(「—」)を用いると、急に手が止まるのだ。これはAI的な表現なのだろうか、あるいは修正すべき欠点なのか。確かに、大規模言語モデル(LLM)はダッシュを多用する傾向にあるとされるが、私はChatGPTが登場する遥か以前から、この句読点を愛用してきた。
なぜ、それを手放さなければならないのか、納得がいかない。
この感覚を抱くのは私だけではない。作家たちが本来自分たちのものと考えていた表現手法がAIの特徴として否定されることに対し、世界各地で異議の声が上がっている。そもそも、ダッシュなど特定の表現が「AIらしさ」とされるのは、それが学習データである人間の文章に広く使用されていたからに他ならない。MediumのBrent Csutorasは、「本や記事、エッセイで、人間があまりに頻繁にダッシュを使ったので、AIはそれを自然な流れとして学習したに過ぎない」と指摘している。したがって、ダッシュを避けることは「鳥にさえずるなと言うようなもの」に等しいのだ。
ChatGPTのようなLLMは、確かに様々な文章作成を支援するために有用である。特にブレインストーミングや初稿の作成においては、その力を発揮する。とはいえ、文章を書くというプロセス全体を置き換えるものではない。私自身、当面はダッシュを使い続けるつもりだが、AIに支配された均質化の波を乗り越え、自分だけの文章を際立たせるための策を編み出してきた。
AIらしいサインは、ダッシュだけに限らない。
そのリストは日々増えている。LLMは「3つ並べるリスト」や「XではなくYである」という構文を好んで使う。ニューヨーク・タイムズ・マガジンのSam Krissは、この現象に苛立ちを隠さずに次のように述べている。「この完全に普通の構文は、聖書やシェイクスピアなど古典的な文学作品にも頻繁に登場する。とはいえ、AIが膨大なスケールで使用するようになると、特定の語彙や表現が過度に人工的なものに感じられるのだ」と。
AIは、特定の単語も頻繁に用いる。ある包括的な研究によれば、ChatGPTは「underscore」「intricate」「camaraderie」「tapestry」などの単語を人間より150倍も多用するという。このうち「tapestry」という単語について、Krissは「500年以上にわたり、何気なく敷物を指すための言葉だったが、今や目にするだけで身構えてしまう」と語っている。
さらに捉えにくいAI文体の特徴も問題だ。私はそれを、ある種の「トーンの死んだ感じ」と呼びたい。その理由は簡単である。AIは食事を味わったこともなければ、解雇や失恋に直面したこともない。
人間の文章に命を吹き込む経験則は、いかに膨大なデータを学習しようとも、AIの理解の外側にある。
AIは創造性を要しない定型的な文章作成、とくにメールの文面や会議の要約などを効率化するために非常に便利だ。しかし、「自分らしさ」が求められるブログ記事やスピーチのようなコンテンツを作成する際には、冷静な判断が必要になる。ChatGPTの力を借りて考えを整理することは問題ない。しかし、構成をそのまま委ねるのは避けるべきだ。
私は、AIの出力を「声に出して読む」ことで健全性を判断している。これは本当に自分が言いたいことだろうか、自分の本音や意見なのか、もしそうでなければ潔く削除する。AIはアイデア発想の助けにはなるが、自分自身の思考や感情まで外注しようと思ったことは一度もない。
AIが生成する文章が一般化するにつれ、それを過度に利用する人を見抜こうとする執着も高まっている。だが実際のところ、AI生成か否かを判別することは日に日に難しくなっている。
AIコンテンツの研究者であるペンシルベニア大学のLiam Duganは、「既存の研究の大半によれば、人間は平均してAI生成か否かを特定するのが非常に苦手である」と語っている。
奇しくも、AIコンテンツの氾濫は私に文章力を磨く必要性を痛感させた。文体を変え、自分特有の考えを表現する新しい方法を探求せざるを得なくなった。文章として最適化されきっていなくても大した問題ではない。決して誤字脱字を推奨するつもりはないが、あえて隙間やゆらぎを残しておくことで、人間らしさが際立つこともある。
アンティーク家具と大量生産品のIKEA製品の違いを想像してほしい。アンティークには傷や染みがあり、IKEA製は無傷の新品である。しかし、一方は世界中で見かける量産品、もう一方は唯一無二の存在である。そのどちらが好ましいかは自明だろう。
理想を言えば、AI活用の研修は既に業務運営の一部に組み込まれているべきだ。3万2000人を対象にした調査では、約60%の従業員が職場で積極的にAIを利用していると回答した。しかし一方で、約半数は、社内機密情報のアップロードやAI出力のファクトチェックの怠りといった、深刻なミスを犯したと認めている。
AI利用の管理の第一歩は、利用の適切な場面を明確に定めることにある。定型的なコミュニケーションや初期調査、会議の要約は格好の候補だ。同時に、使用禁止の領域を策定し、従業員がアップロードしてはならない情報やファクトチェックの重要性を理解することが不可欠となる。
文章コンテンツに関しては、ブランドの声を明確にしたスタイルガイドも作成する。私は従業員にダッシュや「3つ並べるリスト」を禁じるつもりはない。なぜなら、それらは本来的に人間らしい表現であり、私たち自身が以前から意識せずに使ってきたからだ。
AIを禁止するのではなく、目的は人間の判断と創造性を強化するためにAIを活用することに他ならない。