近年、文章作成において不可解な現象が生じている。たとえば、ダッシュ(「—」)を挿入した際、筆が止まってしまうことがあるが、これはAI特有の表現として認識されがちである。そのため、修正すべきか悩む人も少なくない。大規模言語モデルはダッシュを頻繁に用いる傾向があるとされるが、筆者自身はChatGPTが登場する以前からこの記号を愛用してきた。にもかかわらず、なぜ自らの表現を手放さなければならないのかという疑問が残る。
同様の思いを抱く作家は多く、もともと自分たちのものであった文体上の「装飾」がAI的だと批判されることに対し、各地で異議を唱えている。
そもそも、ダッシュがAIの特徴と見なされるようになったのは、学習データとなった人間の文章に頻繁に登場したからにほかならない。MediumのBrent Csutorasは、「ダッシュを避けることは、鳥にさえずるなと言うようなものだ」と指摘している。
ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は、ブレインストーミングや初稿作成において極めて有用である一方、文章作成の全過程を代替するものではない。筆者としては、当面ダッシュの使用を控えるつもりはない。しかし、均質化しつつある文章の中で自身の個性や物語性を際立たせるため、いくつかの工夫を凝らしている。
ダッシュはAIらしさを象徴する記号の一つにすぎず、AI的表現のリストは増加の一途をたどっている。LLMは「三項並列」や「XではなくYだ」といった構文を好む傾向がある。ニューヨーク・タイムズ・マガジンのSam Krissは、この構文がしばしば文学作品にも見られることを認めつつも、AI的な表現として強い違和感を覚えると述べている。
また、AIは特定の語彙を好むことが指摘されている。
ある包括的な調査によれば、ChatGPTは「underscore」「intricate」「camaraderie」「tapestry」などの単語を人間よりも150倍も多く用いるという。Krissは、「tapestry」という単語が本来は無邪気な意味で使われてきたにもかかわらず、現在ではAI的な響きを持つようになったと述懐している。
さらに、より捉えがたいAI文の特徴として「トーンの喪失」が挙げられる。その理由は明白であり、AIは実際に経験を持たず、学習データがいかに膨大であっても、人間の文章に命を吹き込む体験を持ち得ないからである。
AIは芸術性を必要としない定型的な業務文書、たとえばメールや会議要約、進捗報告などにおいては非常に有用である。しかし、ブログやスピーチなど、個性や独自性が求められる文章では、AIの提案を鵜呑みにすべきではない。筆者はAIの生成文を声に出して読み上げ、「これは自分の言葉か」「自分の感情や意見を反映しているか」と自問し、そうでなければ削除するようにしている。AIは発想を広げる上で役立つが、本質的な思考や感情の表現までも委ねるべきではない。
AI生成文が一般化するにつれ、その使用を見抜こうとする意識も高まっているが、実際にはAI生成か否かを見分けることは困難になっている。ペンシルベニア大学の博士課程学生Liam Duganも、「多くの研究が、人々はAI検出が得意ではないことを示唆している」と述べている。
AIコンテンツの氾濫は、逆に筆者により良い書き手であろうとする意欲をもたらした。文体を変え、自分自身の思考を表現する新たな方法を模索するようになったのである。文章が最適化されていなくても、問題はないはずだ。誤字を意図的に挿入することは推奨しないが、プレゼンや記事を改善する際、LLMが過度に平板な表現を提案しがちであることは否めない。
アンティークのワードローブとIKEA製品を比較すると、前者には傷や欠けがある一方、後者は整然としている。どちらも機能は果たすが、一方は大量生産品であり、もう一方は唯一無二の個性を持つ。この対比は、AI生成文と人間の個性的な文章との違いを象徴している。
理想を言えば、AI研修は既に業務オペレーションに組み込まれているべきである。
3万2千人超を対象とした調査によれば、約6割の従業員が職場で意図的にAIを使用している一方、半数近くが社内機密情報のアップロードやファクトチェックの怠慢、AI利用の透明性欠如といった問題点を認めている。
AI活用を管理するには、まず利用すべき場面を明確にし、定型業務や初期調査、会議要約など時間を要する業務を主な活用対象とすべきである。同時に、利用禁止領域や情報管理、ファクトチェックの重要性についてもガイドラインを設け、全従業員に徹底することが不可欠である。
文章コンテンツに関しては、ブランドの声を定めるスタイルガイドを作成し、具体例を提示することが望ましい。筆者自身は、ダッシュや三項並列の使用を従業員に禁止するつもりはない。なぜなら、これらは以前から用いられてきた表現であるからだ。
要するに、AIの活用は人間の判断や創造性を代替するものではなく、むしろそれを強化する手段であるべきである。