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Kamus

Detail Kata

孝

[こう]
両親を敬い, 子としての道を尽くすこと。 孝行。
「親に~を尽くす」
<i>~は百行(ヒヤツコウ)の本(モト)</i>
〔白虎通(攷黜)〕
孝行はすべての善行の根本となるものである。

孝

[きょう]
〔呉音〕
(1)親によく仕えること。
「あはれなるもの, ~ある人の子/枕草子 119」
(2)親の喪に服すこと。 また, 追善供養。
「親の~よりけにやつれ給へり/源氏(柏木)」

Kata Terkait

孝悌

〔論語(学而)〕 父母に孝行をつくし, 兄など年長者によくつかえること。

孝経

中国, 十三経の一。 一巻。 編者未詳。 戦国時代に成立か。 孔子と弟子の曾子の問答の形で孝道について述べ, 孝を最高道徳, 治国の根本とする。

孝弟

〔論語(学而)〕 父母に孝行をつくし, 兄など年長者によくつかえること。

孝道

親を敬い仕える道。 孝行の道。

不孝

子として, 親によく仕えないこと。 孝行でないこと。 また, そのさま。 ⇔ 孝行 「~者」「先立つ~をお許し下さい」

不孝

〔「きょう」は呉音〕 (1)子として親に十分に仕えない・こと(さま)。 ふこう。 「~なるは仏の道にもいみじくこそ言ひたれ/源氏(蛍)」 (2)中世, 父母が子を義絶すること。 「其瓜取たる児を永く~して/今昔29」 (3)古代, 律の八虐(ハチギヤク)の一。 父母・祖父母に対して呪詛(ジユソ)・罵詈(バリ)などをなした罪。

孝心

親に孝行しようとする気持ち。

忠孝

主君への忠義と, 親への孝行。

孝養

親に孝行して養うこと。 「~を尽くす」「父母の許(モト)に~して/蜃中楼(柳浪)」

孝順

親に孝行で, その意に従順である・こと(さま)。 「~にして善く祖先に事(ツカ)へ/日本開化小史(卯吉)」

至孝

この上もない孝行。 しいこう。

孝子

親孝行な子供。 孝行息子。

孝女

親孝行な娘。 孝行娘。

孝養

(1)親に孝行を尽くすこと。 こうよう。 「いと~の心深く/源氏(常夏)」 (2)亡くなった人, 特に亡くなった親のために後世菩提を弔うこと。 供養。 「堂塔をもたて~をもすべからず/平家 6」

孝行

(1)子が親を敬い, よく尽くす・こと(さま)。 ⇔ 不孝 「老母に~する」「~な息子」 (2)(親に対するように)大切にするさま。 「女房~」 <i>~=の(=を)したい時分に親は無し</i> とかく人は, 孝行できなかったことを, 悔み嘆くことが多いことにいう。 風樹(フウジユ)の嘆(タン)。 [柳多留]

東孝

そうではない」と弱気であった。様々な格闘技から10人の代表を出すと、一番強いのは大相撲、2番目がレスリングの130㎏超級(現在の国際大会では廃止された階級)、3番目がボクシングのヘビー級であり、それでは空手は何番目になるのだと師である大山倍達に反旗を翻す

孝廉

孝廉に応じるものは満40歳以上とされ(しかし、才能と品行に非常に優れた人物は年齢に拘らないで推挙することとなった)、同時に儒生出身の孝廉生に対しては経術、文吏出身の場合には箋奏の試験が義務付けられた。これ以降、正規の官吏登用試験として整備されていった。 中には孝廉や秀才、辟召・徴召といった中央政権へ

実孝

を免れた。ただ、当初の扱いは蓮如一門として良いものとはいえず、かねてより実円(9世法主実如四男、三河本宗寺住持)の勢力の大和進出に悩まされていた。 筆才に富み、永正15年(1518年)に母蓮能尼が没した際に「能尼往生記」、大永5年(1525年)には実如の死に際して「実如上人闍維中陰録」などを多くの記