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Kamus

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李白

李白の出自および出身地には諸説あり、詳細は不明である。『旧唐書』本伝の記述では東魯の出身とするが、清の王琦などをはじめ、通説はこれを誤りとする。 李陽冰の「草堂集序」および范伝正の「唐左拾遺翰林学士 李公新墓碑」、さらにこれらを踏まえたとされる北宋の欧陽脩『新唐書』などの記述では、李白

Kata Terkait

李基白

海国は朝鮮の国家であると主張している。この主張に対して韓東育は、「研究者の動機はどうであれ、以下の言説(李基白の主張)は、論理および学術上の不周延の謗りを招きかねない」と批判している。 渤海の滅亡とともに、満州は朝鮮の歴史が上演する舞台ではなくなった。渤海は朝鮮人が政治的・文化的に満州を統治した最後

李朝白磁

李朝白磁(りちょうはくじ)は、李氏朝鮮で作られた白磁である。 李朝の陶磁器は、初期には粉青沙器が主流だったが、17世紀以後は白磁に変わった。中国の元、明の白磁の影響を受けたものだが、17世紀には色が青味がかり、李朝末期には濁った白色に変わった。李朝では、磁器の製造は官窯で奴婢である工匠(ko:공장

李

李(り、すもも) スモモのこと。 漢姓のひとつ。中国人、朝鮮人、ベトナム人の姓。⇒ 李氏 朝鮮人の姓については ⇒ 李 (朝鮮人の姓) 李 - 大相撲力士栃乃若導大の2009年9月場所までの呼び出し名。フルネームでの旧四股名は李大源(リ・デウォン)。 李(すもも) - 広島県神石郡神石高原町の地名。

白白

〔古くは「しらしら」〕 (多く「と」を伴って) (1)しらじらしいさま。 「~とした目つき」 (2)「しらしら{(1)}」に同じ。 「東の空が~としてきた」 (3)いかにも白く見えるさま。 「~と輝く」

白白

(多く「と」を伴って) (1)だんだん明るくなっていくさま。 夜のしだいに明けるさま。 しらじら。 「~と夜が明けていく」 (2)薄明るいさま。 ほの白く輝いて見えるようす。 しらじら。 「~と氷かがやき千鳥なく釧路の海の冬の月かな/一握の砂(啄木)」 (3)はっきり。 あからさまに。 「面影ばかり残して東の方へ下りし人の名は~と言ふまじ/閑吟集」

白白

(1)いかにも白く見えるさま。 「火箸に置く手の~と, 白けた容子(ヨウス)を, 立際(タチギワ)に/婦系図(鏡花)」 (2)夜が次第に明けていくさま。 しらじら。

白白

(1)白いさま。 「水晶簾の茫々~として/日光山の奥(花袋)」 (2)明らかなさま。 きわめてはっきりしているさま。 「明明~」

李瑜

同母兄の広平大君も李芳碩の同母兄の撫安君の養子となる。 1452年に長兄の文宗が崩御し端宗が即位すると、次兄首陽大君(後の世祖)とともに王を左右から補弼することを約束し、端宗の側近の一人となる。黄標政事を掌握した大臣らや安平大君を1453年の癸酉靖難で排除、台頭した首陽大君と対立し、1454年閏6月

李穀

李 穀(り こく、大德2年7月18日(1298年8月25日) - 至正11年1月1日(1351年1月28日))は、高麗末期の文官で学者。 字は仲父、號は稼亭。韓山の人。諡号は文孝。子は李穡(り しょく)である。高麗と元の科挙に両方に及第した人物。 李穀は、『編年綱目』・『三朝実録』・『稼亭集』の編纂

李珥

李 珥(り・じ、イ・イ、1536年 - 1584年)は、李氏朝鮮の儒学者。号は栗谷(りっこく、ユㇽゴㇰ)、字は叔献(しゅくけん、スッコン)。本貫は徳水李氏。朱子学者として李滉(退渓)とならぶ二大儒と称される。李滉の主理説に対し主気説を展開した。朝鮮王朝に仕えていたが、政争や貧困が蔓延して国防が疎か

李応

梁山泊などの山賊の住処が近く、姻戚関係にある隣接する祝家荘、扈家荘の3村で同盟を結んで有事が起こったら助けあう約束をしていた。ある日、家来の杜興に伴われて楊雄・石秀が彼らの仲間の時遷が祝家荘に捕らわれたため、李応に仲介を打診を願いに来訪した。これに応じた李応は、祝家荘の主祝朝奉に手紙を出すも、朝奉の

李淵

(566-635) 中国, 唐の初代皇帝(在位 618-626)。 高祖。 字(アザナ)は淑徳。 隋朝に仕えたが, 煬帝(ヨウダイ)の失政に乗じて挙兵, 突厥(トツケツ)の助けをかりて長安を陥し, 煬帝の孫恭帝を擁立。 煬帝の死後に即位, 長安を都として唐を建国。 次子世民(のちの太宗)の補佐を受けて中国を統一。

李花

スモモの花。

李唐

(1050頃-1130頃) 中国, 宋代の画家。 字(アザナ)は晞古(キコ)。 細密な山水画を得意とし, 南宋画院体山水画の形成に大きな役割を果たした。 作「山水図」(京都高桐院)

行李

〔「行李」は使者の意〕 (1)竹または柳などで編み, 衣類や旅行用の荷物などを入れるのに用いるかぶせ蓋(ブタ)つきの入れもの。 こり。 (2)軍隊で, 弾薬・食糧・器具などを運ぶ部隊。 大行李と小行李があった。 (3)旅行用の荷物。 旅じたく。 転じて, 旅。

李鵬

(1928- ) 中国の政治家。 四川省出身。 革命家の両親をもち, 父の処刑後, 周恩来夫妻の養子となる。 電力部門の技師として働く一方, 同部門の共産党書記となり, 88年には国務院総理に選出された。 リー=ポン。

李朝

(1)朝鮮の王朝。 李成桂(リセイケイ)が高麗(コウライ)を倒して建国(1392-1910)。 国号は朝鮮。 都は漢城(ソウル)。 領土を朝鮮半島全域に拡大し, 第四代世宗(セイソウ)の時全盛。 1897年国号を大韓と改めたが, 日露戦争後, 日本の保護国化, 1910年韓国併合で滅亡。 儒学, 特に朱子学中心の文教政策により, 図書の出版, 活字印刷, ハングル制定など, 文化が興隆, 日本に多大な影響を与えた。 李氏朝鮮。 (2)ベトナムの王朝(1009-1225)。 李公蘊(リコウウン)(974-1028)が創始, 都を昇竜(現在のハノイ)に定め, 国号を大越と改めた。 仏教が繁栄。 中国の宋軍の侵入を退けたが, のち陳朝に滅ぼされた。 李氏安南。

李部

〔「りほう」とも〕 (1)中国の六部の一。 隋から清まで, 官吏の任免, 功績の考査などをつかさどった中央行政官庁。 (2)式部省の唐名。

李唐

〔皇帝の姓が李であったことから〕 中国の唐朝のこと。