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Kamus

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門流

[もんりゅう]
一門のわかれ。 一門の流派。

Kata Terkait

門坂流

978-478-970275-1 ジム・ハリスン「突然の秋」山本光伸訳 草思社 1995年刊 ISBN 4-7942-0652-6 メリル・ハリス「アリスの夢」小鷹信光訳 二見書房 1978年刊 0097−780432−7339 JP78018575 ブレークリイ・セントジェイムス「好奇心」山根和郎訳 二見書房

富士門流

富士門流(ふじもんりゅう)は、宗祖日蓮の高弟六老僧の一人、日興の法脈を継承する門流のこと。日興門流とも呼ばれる。 所依の経典・法華経に対する解釈では(本迹)勝劣派の立場に属する。本仏論では興門八本山のうち、西山本門寺・北山本門寺(重須本門寺)・小泉久遠寺・柳瀬実成寺・京都要法寺の五寺は釈尊本仏論を主

中御門流

頼宗三男(構成の都合上右端に表示)。叔父能信の養子となりその跡を継ぐ。 ^ 関白藤原師通室、忠実母。 ^ 白河院女御。 ^ 中御門家は後に松木家に改称。 ^ 近衛天皇中宮。関白藤原忠通養女。号九条院。 ^ 伊通次男(構成の都合上右端に表示)。 ^ 実父は中納言藤原忠基。 ^ 基家次男(構成の都合上左端に表示)。

中山門流

中山門流(なかやまもんりゅう)は、日蓮系の諸宗派のうち、日蓮の有力壇越の一人で、後にその門人となった日常の法脈を継承する法華経寺(総本山)とその末寺に対する総称の一つ。古くは若宮門徒(わかみやもんと)と号した。中世~近世以来もちいられてきた古くからの総称としては、他に日常門流とも称される。

普門楊心流

普門楊心流(ふもんようしんりゅう)とは、高木流柔術(本體楊心高木流)の実戦名人であった皆木三郎が昭和十年代に高木流柔術をもとに開いた柔術流派。現在は本體楊心流と称している。柔術、棒術、半棒術、小太刀術、居合からなる。 流名の由来は、流派創始の際、兵庫県の摩耶山中の普門の滝で参篭したことによる。 表示

法華宗陣門流

常霊山本興寺(静岡県湖西市)(遠江国) 東京別院 徳栄山本妙寺(東京都豊島区)(武蔵国) 北陸別院 長松山本法寺(富山県富山市)(越中国) 霊跡別院 俎岩山蓮着寺(静岡県伊東市)(伊豆国) 日本列島を八つの教区に区分して末寺を置いている。 北海教区(北海道の寺院) 東北教区(東北地方の寺院)

法華宗真門流

法華宗真門流(ほっけしゅうしんもんりゅう)は、日蓮を高祖とし、日真を派祖とする、日蓮門下の一派である。 日蓮 日真 本隆寺(京都府) 日真は妙顕寺(京都府)日具を師として修学したが、法華経について論争があり、日真は「寿量品正意論」を提唱し、妙顕寺を出て本隆寺(京都府)を建立し、日真門流を興す。福井県下に三本山を有する。

日英 (富士門流)

文久2年(1862年)6月15日、島津斉彬娘篤姫の帰依により大石寺塔中遠信坊再々興を図り、本尊を書写す。 慶応元年(1865年) 5月7日、日英再往。 5月15日、大坊を辞し、日霑再往。 明治10年(1877年)7月9日、80歳で死去した。 ^ 現在、遠信坊に安置されているのは66世日達が1963年(昭和38年)に書写した本尊である

日尊 (日興門流)

日尊(にちぞん、1265年(文永2年) - 1345年6月8日(興国6年/康永4年5月8日))は、鎌倉時代の日興門流の僧。太夫阿闍梨と称する。京都要法寺の開山。日蓮本宗の祖。 重須談所〔北山本門寺〕境内には、日尊上人腰掛石がある。日興は重須談所で弟子の育成に努めたが、1299年(正安元年)秋、講義の

法華宗本門流

ほんもんりゅう)は、日蓮を宗祖とし、日隆を派祖とする日蓮門下の一派。大本山は本能寺、本興寺、徳永山光長寺、長国山鷲山寺。本尊は本門八品上行所伝の南無妙法蓮華経。 日隆は妙顕寺日霽を師として修学したが、法華経について論争があり、「八品正意論」を提唱し、妙顕寺を出て本能寺を建立し、日隆門流を興す。 1415年(応永22年) - 日隆が京都に本能寺を建立

流流

流派によるそれぞれの仕方・流儀。 物事は種々様々であること。 「細工(サイク)は~」

流

律の五刑の一。 辺地にながし, 他に移ることを禁ずる刑。 死よりは軽く徒(ズ)より重い。 遠流(オンル)(伊豆・安房(アワ)・佐渡・隠岐(オキ)など)・中流(信濃・伊予など)・近流(コンル)(越前・安芸(アキ)など)の三等に分かれる。 流刑。 流罪。

流

(1)水などのながれ。 「面白や, 山水に杯を浮かめては, ~に牽かるる曲水の/謡曲・安宅」 (2)武道・芸道・技芸などで, その人, その家に特有の手法・様式。 また, その系統。 流派。 流儀。 「小笠原~」「観世~」「わが小鼓はあぢもなしいづれの~に打ちも直さん/仮名草子・仁勢物語」 (3)なかま。 連中。 やや軽侮の気持ちを含んで用いる。 「皆あの~が…, ろくな事は出かさず/浄瑠璃・冥途の飛脚(中)」 (4)いろいろの語の下に付いて, それ特有のやり方, 方式を表す。 「自己~」「西洋~」 → 流

流

助数詞。 旗・幟(ノボリ)を数えるのに用いる。 「一~の旗」

日真 (法華宗真門流)

日真(にちしん、1444年4月26日(文安元年3月29日) - 1528年4月28日(享禄元年3月29日))は、室町時代の法華宗の僧。字は慧光。大経房、常不軽院と号する。但馬国の出身。日真門流、本隆寺派(現在の法華宗真門流)の祖。 中山親通(中山家第10代当主、権大納言)の子。母は但馬守護山名時義の娘玉

門

※一※ (名) (1)家の外構えやある敷地に設けた出入り口。 かど。 「~を閉める」「~をくぐる」「公園の~のところで待っている」 (2)物事が出入り, また経由する所。 「入試の狭き~を突破する」「登竜~」 (3)ある師をとりまく学問・芸道などの一派。 また, その系譜。 「漱石~の俊秀」 (4)生物分類上の一段階。 界の下, 綱の上。 脊椎動物門など。 → 亜門 (5)「門限」の略。 「いやもう, 直に帰らう, ~がやかましい/洒落本・辰巳之園」 ※二※ (接尾) 助数詞。 大砲を数えるのに用いる。 「四六センチ砲九~」 <i>~に入・る</i> 弟子(デシ)入りする。 入門する。 <i>~を叩(タタ)・く</i> 師と仰ぐ人を訪ねて, 弟子(デシ)入りを願う。

門

小説。 夏目漱石作。 1910年(明治43)発表。 親友の妻お米と結ばれひっそりと暮らす主人公野中宗助は, 不安から宗教の門をたたくが, 入ることができない。 社会の片隅の幸福の裏にひそむ精神の不幸を描く。

門

(1)家の出入り口。 戸口。 かど。 もん。 「後つ~より逃げ出でて/古事記(中訓)」 (2)海峡などの, 両岸がせばまった水流の出入りする所。 水門(ミト)。 瀬戸。 「天離る鄙(ヒナ)の長道ゆ恋ひ来れば明石の~より大和島見ゆ/万葉 255」

門

(1)家の出入り口。 もん。 また, その前。 「~を出る」 (2)屋敷。 いえ。 「笑う~には福来たる」 (3)家族。 一門。 一族。 「みな~わかちたまへりけり/大鏡(藤氏物語)」 <i>~打(ウ)・つ</i> (近世, 江戸などで犯人の逃亡などを防ぐため)木戸・門をとじる。 <i>~た・つ</i> 門の扉をしめる。 「~・てて戸は閉(サ)したれど盗人の/万葉 3118」 <i>~に立(タ)・つ</i> (物乞いなどのために)門口に立つ。 <i>~広・し</i> 一門が繁盛している。 「その後なむ~・くもなり侍る/竹取」 <i>~を出(イ)・ず</i> (1)家を出る。 (2)出家して僧や尼となる。 <i>~を広・ぐ</i> 子孫を増やし, 一族を栄えさせる。 「この門ひろげさせ給ひて, 侍らずなりなむ後にも/源氏(薄雲)」