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巷説こうせつと科学かがくの融合ゆうごう
巷説こうせつと科学かがくの融合ゆうごう

人生は芸術を模倣することがあるといわれる。

これは通常、まるで小説や映画のように展開する出来事が現実の世界で起こることを意味する。

だが、科学の話となると、芸術が現実(実物)を模倣することがあり得るだろうか。

この疑問をめぐっては、乱流の流体力学と、意外なことに、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホの代表作の1つ『星月夜』を研究している科学者の間で激しい論争が繰り広げられている。

この絵を目にすれば誰でも、月の光に照らされた夜空を描いたゴッホの表現の中心となっている、明るくカラフルで大きな渦巻き模様にすぐさま魅了されてしまう。

もし自分の目で絵を見る機会に恵まれたなら、細長く伸びる光の弧に分厚く塗り重ねられた絵の具の塊がキャンバスから盛り上がっている様子を確認できる。

この絵のダイナミズムに触れた美術評論家の多くは、制作していた当時のゴッホ自身が激情的で恐らく不安定な心理状態にあったことが作品に表れていると考えた。

だが、星月夜のダイナミズムが表現しているのは、はるかに驚くべきものだとする研究結果を、科学者チームが2024年に発表した。

それは、現実の乱流運動の流体力学だというのだ。

科学では、流体は形を保持できない物質の状態として定義される。

液体の水は流体であり、地球の大気を構成する気体も流体だ。

流体力学は流体の動きを研究する学問だが、流体の運動は非常に複雑で、紙と鉛筆による数学的手法ではうまく記述できない場合が多いため、科学者は例えば橋を支える柱の周囲を水がどのように流れるかなどを解明するにはコンピューターに頼る必要がある。

流体力学で(そして恐らく科学の全分野で)最も難しい問題の1つが、いわゆる流体乱流の記述だ。

沸騰している湯は乱流の好例の1つだが、他にも天候(と気候)を左右する大気流や海流などの様々な実例が多数存在する。

乱流は攪拌、回転、旋回などの運動によって特徴づけられる。

鍋の中で沸騰しているお湯を観察(するべきだ、見ものだから)したことがあるなら、そこで起きている現象を正確に記述するのがどんなに困難かは直感的にわかるだろう。

乱流は、まさに混沌とした状態のように見える。

驚くべきことに、今から100年以上前から、科学者は乱流の特定の特性を比較的単純な数学的記述で表せることを明らかにしてきた。

ゴッホの星月夜が関わってくるのは、ここのところだ。

フランスと中国の科学者チームが発表した2024年の論文では、ゴッホが渦巻きを描いた筆致のすべてを分析し、乱流で生じると期待される実際の流体の旋回運動を表す数学的関係式と比較した。

研究チームの主張によると、ゴッホの筆致は現実の物理的な乱流現象から期待されるパターンと一致していた。

まるでゴッホが、その数十年後に初めて明らかになる数理物理学をどういうわけか直感的に理解していたかのようだ。

論文は多くのニュースで取り上げられ、私は米テレビ局のNBCから論文について話すように依頼された。

論文を読んだ私は「この結果が正しいとされれば、それはかなりすごいことだ」と考え、NBCのインタビューの機会を利用して、どのようにして科学と芸術が重なり合う可能性があるか(私にとっての大きな問題)について話し合った。

だが、インタビューが放送された後、私の大学時代の恩師であるジェームズ・ライリーから連絡があった。

ライリーは米ワシントン大学の教授で、流体力学の世界的な専門家だ。

私が天体物理学的流体力学(星が爆発した場合などに宇宙空間で流体がどのように運動するか)分野の博士課程に進んだばかりの時、ライリー先生が私と共同研究を行い、基本事項の習得を支援することを引き受けてくれてとても幸運だった。

先生は私がこれまで出会った中で最も聡明な科学者の1人だ。

ライリーはゴッホの研究を極めて懐疑的に見ていることを、私に明らかにした。

彼にとって、この研究結果はどう考えても成り立たなかった。

そして今からほんの数カ月前まで話を進めると、ライリーは共同研究者のモハメド・ガド・エル・ハクと2025年3月に発表した論文で、この懐疑的な主張を明確に実証した。

ライリーにとって2024年の研究のアプローチは最初から不備のあるものだった。

なぜならゴッホの星月夜に描かれている渦巻きの描写の大半は、流体を表してすらいないからだ。

ライリーは米紙ワシントン・ポストの取材に次のように語っている。

「絵の左下の、糸杉の木の右手にある明るい円の領域は惑星の金星を描いたもので、乱流渦ではない。

さらに、金星は大きな円盤流として描かれているが、実際の夜空では明るい光の小さな点として見える」 ゴッホと乱流を結びつけることを批判しているのは、ライリーとガド・エル・ハクの研究だけではない。

この他にも、ゴッホの絵と現実の流体乱流との関連性を疑問視する新たな論文が発表され続けている。

そのうちの1つの論文では、花瓶に生けた花のそばに座る女性を描いたフランスの印象派画家エドガー・ドガの絵画『女と菊の花(菊のある婦人像)』に対して、2024年の論文と同じ手法による分析を行っている。

この分析でも、筆致のパターンと流体乱流に期待される特徴が酷似しているとの結果が得られた。

今回の絵は言うまでもなく、乱流ではなくテーブルの上にある静物の花の束を描いたものだ。

ゴッホの頭の中で何が渦巻いていたとしても、それは流体や乱流運動の数理物理学とは無関係だったことの有力な証拠を、これらの新しい研究は提供している。

今回の論争はまた、科学の美点と力を浮き彫りにしている。

人が持っている見解は人によって様々、これは昔からの事実だ。

だが、科学には議論を交わすための非常に独特な方法がある。

この方法に従えば、あらゆる人々の見解を通して真実が最終的にはっきりと見えてくる。