JLPT N1 – Reading Exercise 20

#247

Furigana

アジアアジアであれヨーロッパヨーロッパであれ、あるいは、三日みっかであれ一か月いっかげつであれ、旅たびから帰かえって成田空港なりたくうこうに着つく。（中略ちゅうりゃく）私わたしはいつもバスではなくて列車れっしゃで家いえまで帰かえる。
都心としんに向むかう列車れっしゃには、旅たびから帰かえってきた人ひとと、これから旅たびする人ひとたちが乗のっている。話はなしている人ひとたちがいても、不思議ふしぎに静しずかだ。帰かえる人ひとの疲つかれと、旅たびする人ひとの緊張きんちょうが混まざり合あったような、ほかの路線ろせんではなかなか味あじわえない静しずけさである。
列車れっしゃがトンネルを出でると、私わたしは窓まどの外そとの景色けしきを見みる。空港くうこうからしばらくは、田園風景でんえんふうけいが続つづく。彼方かなたまで続つづく田たんぼは、季節きせつによって一面いちめんの緑みどりだったり茶色ちゃいろだったり、はられた水みずが空そらを映うつして青あおかったりする。山々やまやまが、遠とおくに見みえたり近ちかくに迫せまってきたりする。冬枯ふゆがれの景色けしきでも、緑濃みどりこい初夏しょかでも、自然しぜんの色彩しきさいが非常ひじょうにやわらかいことに毎回まいかいあらためて気きづかされて、そうして、帰かえってきたなあと実感じっかんする。
アジアアジアにもヨーロッパヨーロッパにもそれ以外いがいのどこにでも、ゆたかだったりそうではなかったりする自然しぜんがある。田舎いなかを旅たびすればむせかえるような緑みどりの中なかを歩あるくことになる。見慣みなれた田たんぼとそっくりな光景こうけいを見みることもある。葉はの落おちた木々きぎが針はりのような枝えだを空そらに突つき刺さす景色けしきに見みとれることもある。緑みどりの多おおい町まちだ、とか、水墨画すいぼくがみたいだ、とか、その程度ていどの感想かんそうは抱いだくが、その色彩しきさいについてとくべつ何なにも思おもわない。
帰かえってきて、車窓しゃそうから景色けしきをみて思おもうのだ。この国くにの色彩しきさいは本当ほんとうにやわらかい、と。木々きぎの緑みどりも、四季しきに即そくした山やまの色いろも、川かわも空そらも。旅先たびさきで見みてきた木々きぎや空そらや海うみといったものが、なんと強烈きょうれつな色いろを放はなっていたのかとこのときになって気きづく。
窓まどの外そとに緑みどりが少すくなくなって、次第しだいに家いえやビルビルが増ふえてくる。都心としんが近ちかづくにつれ、どんどん建物たてものや看板かんばんが増ふえてくる。さっきより「ああ、帰かえってきた」がもう少すこしふくらむ。都心としんの、空そらの狭せまい、ごたついた風景ふうけいをきれいだと思おもったことは一度いちどもないけれど、でも、帰かえってくると毎回まいかい近ちかしく思おもう。好すきとか嫌きらいではなくて、私わたしに含ふくまれているかのような近ちかしさを覚おぼえるのだ。
先さきだって、成田空港なりたくうこうまで人ひとを迎むかえにいった。旅たびのにおいをまだ濃厚のうこうに漂ただよわせている人ひとを到着口とうちゃくぐちで迎むかえ、いっしょに列車れっしゃに乗のり込こんだ。旅たびの話はなを聞ききながら、窓まどの外そとを眺ながめていて、ちょっとびっくりした。旅たびから帰かえってみる景色けしきとぜんぜん違ちがう。退屈たいくつな、見みるべきところもない田園風景でんえんふうけいが広ひろがっているのである。そうか、旅たびのあとじゃないと、ただの日常にちじょうの光景こうけいなのか。都心としんが近ちかづいてくる。窓まどの外そとに私わたしが見みている光景こうけいと、旅たびから帰かえった人ひとから見みている景色けしきは、まったく違ちがうんだろうなあと思った。
旅たびというのは、空港くうこうに着ついたときに終おわるのではなく、周囲しゅういの景色けしきが、わざわざ目めを凝こらすこともない日常にちじょうに戻もどったときに終おわるのだと知しった。
（角田光代かくたみつよ『『トランヴェールトランヴェール』』２０１２年ねん３月がつ号ごうによる）

Vocabulaire (119)

Romaji

アジア

ajia

ヨーロッパ

yōroppa

三日

mikka

一か月

ikkagetsu

旅

tabi

帰る

kaeru

空港

kūkō

着く

tsuku

家

都心

toshin

向かう

mukau

列車

ressha

人

hito

乗る

noru

話す

hanasu

静か

shizuka

疲れ

tsukare

緊張

kinchō

混ざる

mazaru

路線

rosen

味わう

ajiwau

景色

keshiki

窓

mado

外

soto

田園

den'en

風景

fūkei

続く

tsuzuku

彼方

kanata

田んぼ

tanbo

季節

kisetsu

一面

ichimen

緑

midori

茶色

chairo

水

mizu

空

sora

映す

utsusu

青い

aoi

山々

yamayama

遠く

tōku

見える

mieru

近く

chikaku

迫る

semaru

冬枯れ

fuyugare

初夏

shoka

自然

shizen

色彩

shikisai

非常

hijō

やわらかい

yawarakai

気づく

kizuku

実感

jikkan

ゆたか

yutaka

田舎

inaka

旅する

tabi suru

歩く

aruku

見慣れる

minareru

光景

kōkei

葉

落ちる

ochiru

木々

kigi

針

hari

枝

eda

突き刺す

tsukisasu

見とれる

mitoreru

程度

teido

感想

kansō

抱く

idaku

思う

omou

車窓

shasō

見る

miru

国

kuni

本当

hontō

四季

shiki

山

yama

川

kawa

旅先

tabisaki

強烈

kyōretsu

放つ

hanatsu

次第に

shidaini

ビル

biru

増える

fueru

近づく

chikazuku

建物

tatemono

看板

kanban

さっき

sakki

ふくらむ

fukuramu

狭い

semai

ごたつく

gotatsuku

きれい

kirei

一度

ichido

毎回

maikai

近しい

chikashii

好き

suki

嫌い

kirai

含まれる

fukumareru

先だって

sendatte

迎える

mukaeru

におい

nioi

濃厚

nōkō

漂う

tadayou

到着

tōchaku

口

kuchi

乗り込む

norikomu

話

hanashi

聞く

kiku

眺める

nagameru

びっくり

bikkuri

違う

chigau

退屈

taikutsu

べき

beki

ところ

tokoro

広がる

hirogaru

そうか

sōka

日常

nichijō

終わる

owaru

周囲

shūi

わざわざ

wazawaza

目

凝らす

korasu

戻る

modoru

Essayez-le!

Romaji

帰ってきたなあと実感するのは、どんなときか。

1. 都心に向かう列車のなかで静けさを感じたとき

2. 日本の自然の色合いをあらためて意識したとき

3. 日本には緑が多いことにあらためて気づいたとき

4. 四季の変化が感じられるような色に気づいたとき

外国を旅しているときの、筆者の自然に対する反応はどのようなものか。

1. 色彩の多様さに驚くことはあるが、特別よいとは感じない。

2. 色彩が強烈だと思うことはあるが、見とれることはあまりない。

3. 景色にひかれることはあるが、景色に特別な印象は持たない。

4. 懐かしい景色だと思うことはあるが、色彩がやわらかいとは思わない。

帰国したときに都心の風景を見て、筆者はどう感じるのか。

1. 自分の一部であるような親しみを感じる。

2. 自分を受け入れてくれる優しさを感じる。

3. 自分の好みに合っている場所だと感じる。

4. 自分のふだんの生活に戻ったように感じる。

筆者は、旅というものをどのようにとらえているか。

1. 旅は、慣れ親しんだ景色のよさを再確認させてくれる。

2. 旅は、見慣れた風景に新しい何かを発見することを可能にする。

3. 旅は、旅先と慣れ親しんだ景色の違いに気づいたとき終わる。

4. 旅は、見慣れた風景が再びありふれた日常になるまで続いている。

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