技術者ぎじゅつしゃにとってレース車しゃを開発かいはつするというのは、非常ひじょうに魅力みりょくがあるようなのだ。それはそうだろう。市販車しはんしゃの開発かいはつであれば、コストのことや工場こうじょうのことを考かんがえなければいけないので、自分じぶんの考かんがえ出だした創意工夫そういくふうを必かならずしも反映はんえいできるわけではない。いいモデルを出だしたからといって、営業えいぎょうの力ちからが弱よわければ売うれるとは限かぎらない(少すくなくとも、多おおくの開発技術者かいはつぎじゅつしゃはそう思おもって歯軋はぎしりをしているに違ちがいない)。しかし、レース車しゃであれば、ある程度ていど、採算無視さいさんむしで色いろんなことにトライできる。何なによりも、営業力えいぎょうりょくとか他ほかの要素ようそに邪魔じゃまされることなく、「1いち」どんな大だいメーカーを相手あいてにも対等たいとうに優劣ゆうれつを争あらそうことができるわけだ。逆ぎゃくにいうと、言いい訳わけのない世界せかいでもある。敵てきよりコンマ1いち秒びょうでも遅おくれをとれば負まけるのだ。そして、それは、はっきりとその場ばで目めに見みえる。(中略ちゅうりゃく)目標設定もくひょうせっていも単純たんじゅんだ。市販車しはんしゃ開発かいはつなら、時ときにはアメリカと欧州おうしゅうの両市場りょうしじょうで売うれる車くるまを作つくってくれと営業えいぎょうから要求ようきゅうされたりする。そこでは技術的ぎじゅつてきに妥協だきょうせざるを得えないが、レースは絶対的ぜったいてきな速はやさだけを目指めざせばいいのだ。その代かわり、自分じぶんの実力じつりょくが今いまどうであれ、敵てきの車くるまが75ななじゅうご秒びょうでサーキツトを1いち周しゅうしていれば、それより速はやい夕イムタイムで走はしる車くるまをつくらないと意味いみがないのだ。「2に」出来できる、出来できないを論ろんじる余地よちは全まったくない。また、お分わかりのように、他たチームの車くるまの真似まねだけをしていれば、決けっして「最速さいそく」にはならないのも真実しんじつなのだ。(田中たなか詔一しょういち『ホンダの価値観かちかん一原点いちげんてんから守まもり続つづける0ゼロ尺八しゃくはち』による)
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