実在する人間の個性をはっきりつかんだ顔が、いわゆる似顔である。
似顔のコツとは、その相手のいちばん大きな特徴をつかんだら勝ちである。男ではめがねとかひげ、女では顔のりんかくと口もとを描いただけで、もうその人だとわかることもあるくらいだ。
政治家でいえば、(故)吉田首相はめがねと口、(故)岸首相は口もと、(故)佐藤首相はまゆ毛と目、そして(故)田中首相はひげが、最大の特徴であった。
一般に、アクの強い顔は「___1___」。わるくいえば、顔がくずれているからだ。こういう顔は、チラッと見ただけで、印象深く頭の中に残るから、特徴をつかまえやすい。さよう、相手の顔はチラッと見るに限るのだ。顔の全部を、穴のあくほど、ジーッと見ていると、だんだんかんじんの特徴はわからなくなってしまう。
ことに写真をもとに似顔を描こうとすると、その写真そのものが、本人と似ていなかったりすることもあるのだから、あまり、直感的な強い特徴がつかめないことがある。
それほど顔の特徴というものがない人がいる。こういう人の似顔はたいへんむずかしそうだが、特徴のない顔という点が、特徴といえば特徴といえよう。
ぼくは、こういう相手の似顔を描くときは、そばの二、三人の別な人物の似顔もいっしょに描いてみることにしている。
すると、その二、三人の顔の中にまじった「2」本人の顔が、なんとはなしに、やっぱりほかとはちがった個性があるなとわかってくるものだ。
(手塚治虫『マンガの描き方』光文社による)
りんかく:物の外側を形づくる線
アクの強い:人によっては受け入れにくい強い個性を持っているようす
さよう:そう、そのとおり