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70年前に起きた「森永ヒ素ミルク中毒事件」で、乳児の時に脳性まひになった大阪の70歳の女性が、ヒ素が混入した粉ミルクを製造した森永乳業に対して賠償を求めている裁判の判決が22日、大阪地方裁判所で言い渡されます。
大阪市の70歳の女性は、乳児の時に森永乳業が製造したヒ素が混入した粉ミルクを飲んで脳性まひを患い、年齢を重ねるにつれて歩行が困難になるなど症状が進行し、2004年に障害の等級が最も重い1級と認定されました。
女性は被害者の救済事業を行っている協会から毎月、手当を受けていますが、重度の被害者への補償としては不十分だと主張して、3年前に会社に対して5500万円の賠償を求める訴えを起こしました。
これまでの裁判で、会社側は「女性に支払われた手当は賠償と考えても不足はない」としたうえで、被害の発生から20年以上がたち、賠償を求めることができる「除斥期間」を過ぎていると主張しました。
この裁判の判決が、22日午後、大阪地方裁判所で言い渡されます。
判決を前に女性は「重度の障害を負った私のこれまでの苦しみをわかってもらい、会社には心から『申し訳なかった』と言ってほしいです」と話しています。
原告の70歳の女性は、乳児の時にヒ素が混入した粉ミルクを飲んで脳性まひを患い、幼いころから左半身が動きにくく、よく転ぶなどしていたということです。
40代になると右半身が動きにくくなり、右手は握ったまま開くことが難しくなりました。
さらに症状は進行し、おととしの時点で自力で歩くことが困難になり、車いすを利用しているということです。
判決を前に女性は「ここまでの症状になるとは想像もつきませんでした。森永乳業にはとにかく心から『申し訳なかった』と言ってもらいたいです。裁判所には、重度の障害を負ったこれまでの苦しみをわかってもらいたいです」と涙ながらに話していました。
「森永ヒ素ミルク中毒事件」は、70年前の1955年、森永乳業が製造した粉ミルクにヒ素が混入し、この粉ミルクを飲んだ130人の乳児が死亡したほか、重い後遺症が残る人が出るなど、西日本を中心に1万3000人余りが被害を受けました。
1973年には、国と森永乳業、それに被害者団体によって、森永乳業が被害者救済の義務を負い、救済の費用を負担する内容の確認書が作成され、翌年、被害者を救済する事業を行う「ひかり協会」が設立されました。
協会の救済事業では、被害者の障害の等級や自分で家事ができるかなどを審査して手当を算定し、現在も毎月、およそ3万円から7万円余りが被害者に支払われ、費用は会社が全額負担しています。
協会によりますと今月1日時点で認定されている被害者は1万3463人で、このうち1763人がすでに亡くなっていて、567人が手当を受給しています。