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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

中磯皇女

皇女の膝枕で寝ていた安康天皇を刺殺した。 『古事記』では、安康天皇の同母姉の長田大郎女(名形大娘皇女)と同名である。 意富富杼王の妻の中斯知命は他に傍証がなく、正体のつかめない人物であるが、写本を見ると知と姫を誤った可能性があり、これを中斯姫命とし「ナカシヒメノミコト」と訓むと、中磯皇女が想起される

คำที่เกี่ยวข้อง

磯女

熊本県天草市での言い伝えでは、船が港に泊まっているとき、夜中に磯女が艫綱を伝って船に忍び込み、船中で眠っている人に髪の毛をかぶせ、その毛で血を吸って死に至らしめるという。そのため船が知らぬ土地で碇泊するときは、艫綱をとらずに錨だけ下ろしておくという風習がある。島原半島でも碇泊時の同様の風習

菟道磯津貝皇女

なお、敏達天皇と推古天皇の皇女に、のちに聖徳太子の妃となった菟道貝蛸皇女がおり、彼女の別名も「菟道磯津貝皇女」とされている。本居宣長は『古事記伝』で、ここの「磯津貝」を、聖徳太子妃の皇女の名が紛れ込んだ結果であろうと説明している。 [脚注の使い方] ^ 『日本書紀』敏達天皇4年正月9日条

皇女

天皇の娘。 内親王。 ⇔ 皇子

皇女

天皇の娘。 こうじょ。 ひめみこ。 ⇔ 皇子

皇女

(1)天皇の子供を敬っていう語。 皇子・皇女。 (2)(父である神に対して)キリストを敬っていう語。 「神の~」「救いの~」 (3)親王。 親王宣下を受けた天皇の皇子。 「仁和のみかど, ~におましましける時に/古今(春上)」 (4)他人を敬ってその子をいう語。 「主を殺さぬ事, ~の君ぞしらせ給へる/読本・春雨(捨石丸)」

泉皇女

泉皇女(いずみのひめみこ)は、天智天皇の皇女。母は天智天皇の後宮の女官である宮人(めしをみな)、色夫古娘(しこぶこのいらつめ)で、同母兄姉に大江皇女と川島皇子がいる。伊勢斎王。 文武天皇5年(701年)2月16日に斎宮に卜定される。翌2年(702年)1月17日、新しく設けられた斎宮頭(斎宮寮の

女教皇

仏:La Papesse)は、タロットの大アルカナに属するカードの1枚。日本語では女祭司長(おんなさいしちょう)、高位女神官(こういおんなしんかん)や高位女性聖職者(こういじょせいせいしょくしゃ)、英語ではThe Popess、仏語ではLa Papesseと呼ばれることもある。 カード番号は「2」。前のカードは「1

紀皇女

夕さらば潮満ち来なむ住吉の 浅香の浦に玉藻刈りてな 大船の泊つる泊まりのたゆたひに 物思い痩せぬ人の児故に 万葉集巻第3 390番(紀皇女の歌) 軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに 玉藻の上にひとり寝なくに 父:天武天皇 母:大蕤娘(父:蘇我赤兄) 同母兄妹:穂積親王、田形皇女

女中

(1)家庭や旅館・料理屋などに雇われて, 炊事・掃除その他の用をする女性。 〔近年「お手伝いさん」と呼ぶ〕 (2)宮中や将軍家・大名家などに仕えている女性。 「御殿~」 (3)女性に対する敬称。 「これ備前岡山の~さま/浮世草子・織留 4」

磯

※一※ (名) (1)岩石の多い, 海・湖などの波打ち際。 (2)水際の岩石。 「~の間ゆ激(タギ)つ山川絶えずあらば/万葉 3619」 (3)冠の縁(ヘリ)。 → 冠 (4)琵琶・和琴(ワゴン)・箏(ソウ)の胴の側面。 (5)鞍(クラ)の部分の名。 前輪(マエワ)・後輪(シズワ)の海に沿う高い所。 → 鞍橋 ※二※ (形動ナリ) 〔近世語。 「富士は磯」の略〕 はるかに及ばないさま。 未熟であるさま。 下賤(ゲセン)なさま。 「そち達のやうな~なよね狂ひ達は/浮世草子・禁短気」 <i>~の鮑(アワビ)の片思い</i> 「鮑(アワビ)の貝の片思い」に同じ。

磯

〔「いそ」が他の語の下に付いて「い」が脱落したもの〕 いそ。 「はなれ~(離磯)」「あり~(荒磯)」

石姫皇女

おうじょ、生没年不詳)は、日本の第29代天皇・欽明天皇の皇后。『古事記』には石比売命(いしひめのみこと)とある。 父は宣化天皇、母は橘仲皇女(仁賢天皇皇女・雄略天皇外孫)。敏達天皇の母。 同母妹の小石姫皇女(記のみ)・倉稚綾姫皇女・日影皇女(以上紀のみ)と共に欽明天皇の妃となった。欽明天皇元年1月15日(540年2

女系天皇

女系天皇(じょけいてんのう)とは、小泉政権下の2005年(平成17年)時に開催された「皇室典範に関する有識者会議」における議論の中で登場した架空の概念であり、過去及び現在における男系男子の伝統文化の歴史とは異なる皇位継承を想定して使用されている言葉である。 本来の意味で「女系」とは、「母方でたどる血統」「女から女へと続いてゆく家

託基皇女

託基皇女(たきのひめみこ)は、天武天皇の皇女で、母は宍人大麻呂の娘のカジ媛娘(「カジ」は木偏に穀)。多紀・当耆皇女とも書き、大宝律令施行後、「皇女」は「内親王」と記述される。伊勢斎王(斎宮)。志貴皇子の妻となり春日王を生む。 天武天皇と宍人カジ媛娘の皇女で、同母兄姉に忍壁皇子・磯城皇子・泊瀬部皇女

女教皇ヨハンナ

女教皇ヨハンナ(おんなきょうこうヨハンナ、羅: Ioanna Papissa, Ioannes Anglicus)は、中世の伝説で855年から858年まで在位したとされる女性のローマ教皇である。 歴史家たちは、創作上の人物と考えている。それは、反教皇的な風刺を起源とし、その物語にいくらかの真実が含

橘仲皇女

宣化天皇元年3月8日(536年4月14日)に宣化天皇の皇后に立后された。崩御後、孺子(幼い子)と共に宣化天皇陵に合葬された。天皇と合葬された皇后は、他には安閑天皇の皇后である春日山田皇女(『日本書紀』による。現在の治定は別)と天武天皇の皇后である持統天皇だけである。 父:仁賢天皇

但馬皇女

秋の田の穂向きの寄れること寄りに 君に寄りなな言痛かりとも 万葉集巻第2 115番(穂積皇子が近江の志賀に遷った時の但馬皇女作の歌) 遺れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ 道の隈廻に標結へ我が背 万葉集巻第2 116番(穂積皇子との密会が露見した際に詠んだ歌) 人言を繁み言痛み己が世に 未だ渡らぬ朝川渡る 万葉集巻第8

八田皇女

私地を献じて死を免れたという。 『古事記』でも概ね同様の所伝を記すが、菟道稚郎子の自殺や遺言の話はなく、大后(皇后)になったことも明記されてはいない。 八田皇女に関して、宮内庁による治定墓はない。ただし、奈良県奈良市法華寺町にある宮内庁の宇和奈辺陵墓参考地(うわなべりょうぼさんこうち、北緯34度41分51

十市皇女

と日本書紀に書かれていることから、これに同行した可能性がある。 その後、天武天皇7年(678年)、天皇が倉橋河の河上にたてた斎宮に出向こうとした当日である4月7日朝に急死。日本書紀には「十市皇女、卒然に病発して、宮中に薨せぬ」と