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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

乾坤一擲

[けんこんいってき]
〔さいころを投げて, 天がでるか地がでるかをかける意〕
運命をかけて大きな勝負をすること。
「~の大事業」

คำที่เกี่ยวข้อง

乾坤

(1)易の卦の乾と坤。 (2)天と地。 「暗(ヤミ)に慣れたる一同の眼には~一時に明るむかと疑るる/鉄仮面(涙香)」 (3)陰と陽。 (4)乾(イヌイ)と坤(ヒツジサル)の方角。

乾坤院

する愛知県指定有形文化財については名古屋市博物館に預けてあったため、被害を免れている。 2019年(令和元年)5月11日に本堂の再建工事が完了し、落慶式が行われた。 乾坤とは八卦で言う所の西北と南西の方位を表し、緒川城から見て西方(乾と坤の間)に造られた事からその名が付けられたと伝えられている。ま

乾坤弁説

『乾坤弁説』(けんこんべんせつ、乾坤辨説)は、江戸時代前期の万治2年(1659年)頃成立した、西洋天文学・宇宙論の概説書。転びバテレンの沢野忠庵ことクリストヴァン・フェレイラ、通詞の二代目西吉兵衛こと西玄甫、肥前国儒医の向井元升、以上の3人により制作された。全4巻。

一擲

思いきってすべてをいっぺんに投げ捨てること。 「乾坤(ケンコン)~の大事業」「悪習を~する」 <i>~乾坤(ケンコン)を賭(ト)す</i> 〔韓愈「過鴻溝」〕 天下を取るかすべてを失うか, 自分の運にかけて行動に出る。 一か八(バチ)か思いきってやってみる。 乾坤一擲。

劉坤一

硯荘。湖南省新寧県出身。曽国藩・左宗棠の死後、張之洞と共に後期の洋務運動を指導した。 廩生(国から学資を給付される生員)であったが、咸豊5年(1855年)に団練を率いて太平天国と戦い、江忠源が創設した楚勇に編入された。戦功をたてて知県・知州・知府・広東按察使・広西布政使と昇進を重ね

坤

方角の名。 未と申の間。 南西。

坤

易の八卦の一。 算木で☷の形で示す。 陰の卦で, 柔順に物を成長させる徳を表し, 南西(ひつじさる)の方角に配する。 ⇔ 乾

乾一郎

果敢な敵前上陸を敢行し、中支の地に第一歩をしるした。それから27日間にわたり攻防戦が繰り広げられたが、9月23日上海近郊の羅店鎮の白壁の家附近で敵兵の激しい抵抗に遭い初めて立ち往生、戦死傷者を続出させる激戦となった。当時の新聞は、和知部隊の勇蒙果敢

乾六一

禄2年7月6日)に病死し断絶していたため、第二百十回忌にあたる1898年(明治31年)の2月23日、板垣退助は生後3ケ月の板垣六一に「源五郎友正死亡跡絶家再興」の届出をさせ「乾源五郎家」を再興させた。これは、先に退助の二男・正士を、乾正厚の養子にさせたのと同じく、退助自身が、戊辰戦争の際に板垣に復姓

坤徳

(1)地の徳。 大地が万物を生育する力。 (2)皇后の徳。 ⇔ 乾徳

陳坤

(鴛鴦蝴蝶、別題:抹茶之恋味) 2004年 (理髪師) 2006年 雲水謡(雲水謡) 2006年 (門) 2006年 プレイボーイ・コップス (花花型警) 2008年 画皮 あやかしの恋(画皮) 2008年 ムーラン(花木蘭) 2009年 (建国大業) 2009年(第22回東京国際映画祭で『建国大業』の邦題で上映)

呂坤

・山西巡撫を経て、万暦22年(1594年)、刑部左侍郎にまで昇った。 しかし、その頃満洲では愛新覚羅が勃興し、辺境の情勢は動揺して内政が乱れていた。深憂に堪えなかった呂坤は忌憚無く意見を上奏したところ、役人の讒誣中傷を受けるだけで聞き入れられなかったため、結局病気を理由に自ら官職を退いて、田野に儒学を講じた。

坤龍文一郎

)は、北海道釧路市出身で二所ノ関部屋に所属した元大相撲力士。本名は福本 文一(ふくもと ぶんいち)。175cm、112kg。最高位は西十両12枚目。得意技は突き、押し、諸差し、寄り。 若い頃から柔道、相撲と盛んに行った。また四股名は相部屋で同郷の大吉田(のちの乾龍初太郎)とともに知人作家に付けてもらったもの。

放擲

ほうってしまうこと。 うちすてること。 「地位も名誉も~して隠棲する」

投擲

(1)投げうつこと。 投げること。 (2)「投擲競技」の略。

擲弾

手で投げたり, 小銃で発射したりする近接戦闘用の小型爆弾。

抛擲

ほうってしまうこと。 うちすてること。 「地位も名誉も~して隠棲する」

擲石

古くからの女児の遊戯の一。 石を撒(マ)き, うち一つを投げ上げ, 落ちてくる間に他の石を拾ってともにつかみとる遊び。 現在のお手玉にも型が残る。 いしなどり。 いしなごとり。 石投げ。

乾信一郎

『ボンベイの毒薬』(H・R・F・キーティング、早川書房、世界ミステリシリーズ) 1967年 『罠は餌をほしがる』(A・A・フェア、早川書房、世界ミステリシリーズ) 1967年 『世界は女房持ちでいっぱいだ』(J・コリンズ、早川書房) 1968年 『おひまなペネロープ』(E・V・カニンガム、早川書房、世界ミステリシリーズ) 1968年