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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

争議

[そうぎ]
(1)互いに意見を主張し合って争うこと。 もめごと。
「家庭~」
(2)使用者と労働者, 地主と小作人などの間に起こる争い。
→ 労働争議
→ 小作争議

คำที่เกี่ยวข้อง

家庭争議

〔労働争議になぞらえていう〕 家庭内のもめごと。 おもに夫婦の不和についていう。

小作争議

0年代に入ると大正デモクラシーの影響を受けて各地で農民運動が頻発するようになる。国際的にも1920年(大正9年)10月にスイスのジュネーブで第3回国際労働会議が開催され農業労働者の団結権問題が論じられていた。 大正期に小作農たちは小作組合・農民組合を組織して団結を図る一方、

労働争議

ピケを張る」ともいわれる。労働組合にはその労働運動における団結を維持する為の統制権が認められており、組合員以外の労働者の就業を妨害しない限りにおいて合法とされている。 これとは逆に使用者側が労働者を職場から閉め出す行為はロックアウトといわれる。 サボタージュ(仏:

東宝争議

数十名の有志が中心となり新東宝を設立した。 東宝は健全な運営は難しくなっていたが、当時の経営陣は巨大な従組と直接対決を避けるため、従組を「第一製作部」、従組離脱組を「第二製作部」として、あえて離脱組を冷遇した。また、離脱したスターの穴を埋める為、三船敏郎、久我美子、若山セツ子、岸旗江、伊豆肇などの新

日産争議

響力を確保していた。また、全自は1952年夏に同一労働同一賃金などを柱とする賃金原則を掲げ、賃上げ闘争の質的転換を図る方針を出した。この下で闘われた同年秋の賃上闘争では基本給の改正等、日産分会は大きな成果を勝ちとっていたが、1953年においても「未完成闘争の芽をのばせ」とし、さらなる攻勢をかけようとしていた。

桃色争議

争議団側の勝利に終わった。 『記録現代史』筑摩書房 ^ 『犯罪調書』井上ひさし、集英社(1984)p187 小倉みね子 ‐ 松竹の要求を受け入れ組合を除名。 西条エリ子 ‐ 争議に参加せず組合を除名。 江戸川蘭子 ‐ 争議指導者として謹慎処分にあうが復帰。 三浦たま子 ‐ 争議

三井三池争議

労)を結成してストライキを離脱する。これを受けて、翌3月18日に三社連は炭労を脱退し、正式にストから離脱した。 3月29日にはピケを張っていた三池労組の組合員・久保清が暴力団員に刺殺される。 三池労組の組合員の約半分が三池新労

近江絹糸争議

職権斡旋に入る。 7月16日:労働省は、近江絹糸に対し職員募集認可の停止など強制措置を取ることを決定。 7月18日:労働省は労働基準法違反の疑いで近江絹糸の本社、各工場など一斉捜索し、証拠書類多数を押収。 7月29日:中労委斡旋案に労使双方の代表者の会談が実現。ピケが解かれる。

共同印刷争議

共同印刷争議(きょうどういんさつそうぎ)は、1926年に共同印刷株式会社において発生した大規模な労働争議である。 共同印刷株式会社の操業の短縮と短縮分賃金カット発表に端を発して、日本労働組合評議会の指導の下に、関東出版労働組合加盟の労働者がストライキに突入したが、会社側は、暴力団や臨時職工を工場に引

天満紡績争議

1894年1月27日、夜勤を終えた工員たちが技師・工務係ら上司3名の解雇を求めて午前6時ころより食堂を占拠し、出勤してきた昼勤の工員たちに同盟罷業を呼びかけ、これに従わない一部の工員に対して夜勤の工員が殴打した。そこへ会社側の要請を受けた曾根崎警察署の警察官が工場に入り作業

産業競争力会議

小渕恵三首相の指示の下、関係大臣及び産業界を代表する者で構成する産業競争力会議を開催していた。 ^ 未来投資会議の開催について(PDF) 首相官邸 ^ 日本経済新聞2014年5月19日 インフラ運営権、売却前倒し提言 競争力会議 ^ 東京新聞2014年5月24日 成果主義「死を招く」 残業代ゼロ制度なら ^ 産業競争力会議について

木崎村小作争議

木崎村小作争議(きざきむらこさくそうぎ)は、新潟県北蒲原郡木崎村(現・新潟市北区)を中心とする地域で起こった小作争議で、「日本の三大小作争議」の一つとして知られ[誰によって?]、また王番田争議(王寺川村を経て現・長岡市)・和田村争議(高田市を経て現・上越市)とともに新潟県の三大小作争議の一つに数えられる。

最高戦争指導会議

作成起案した強硬な原案を審議追認する傾向にあった。1945年(昭和20年)4月の就任後に和平交渉に向けた活動を始めた東郷茂徳外相は、トップ6人だけで腹蔵なく意見交換できる会議を提案し、他の5人もこれに賛同して、会議内容は出席者以外には秘密という「最高戦争指導会議構成員会合」が開催されることとなる。こ

野田醤油労働争議

野田醤油社内に発足した「野田醤油労働組合」は、1922年に入って、日本労働総同盟関東醸造労働組合野田支部となったが、同年、製品封入に使用する樽の加工に従事する樽工170人が樽棟梁による刎銭(はねせん、いわゆる『ピンはね』)撤廃を要求して同盟罷業(ストライキ)を起こした。その後焦点は刎銭問題以外にも飛び火し、

阿仁前田小作争議

団の衝突などを経た1928年(昭和3年)末に、小作人に有利な内容を含む和解が暫定的に成立した。結局は小作料は値上げされたものの、訴訟にかかった1万円の費用は地主が支払うことになり、永代小作権などの小作慣行はそのままとなった。その後、立て続けに起きた凶作や、地主側の和解破棄の動きなどを経て、時局が戦争

議

(1)会議などで話し合うこと。 議論すること。 「委員会の~を経る」 (2)考え。 意見。 「みな長方の~に同ずと申しあはれけれども/平家 2」 (3)古代, 律令制において皇室の親族・功労者などに与えられる刑法上の特典。 死罪を犯した場合には特に太政官において会議を開き刑罰を審議し, 流罪以下の場合は無審議で一等を減刑する。 → 六議

論争

違った意見をもつ人たちが, それぞれ自分の説の正しさを主張して論じあうこと。 「税制について~する」

係争

当事者間で争うこと。 特に, 訴訟を起こして法廷で争うこと。 「~中の事件」

内争

内部の者どうしで争うこと。 内紛。