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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

御式内

、幽玄の動きの根底にある身体所作、及び身体恒等式」を意味する 3.会津藩職制の最上位の御敷居内に、家老・若年寄・番頭・奉行がある。剣術は表芸、柔術は裏芸といわれていた。「御式内」の名称は御敷居内から引用したもので、会津藩の文献には確認されていない。会津で農民の武田惣角以外の使い手は確認されていない。

คำที่เกี่ยวข้อง

御内

※一※ (名) (1)相手または第三者を敬ってその家や家庭をいう語。 おたく。 (2)「家」「家庭」の丁寧語。 「坊や, もう~に帰りましょうね」 ※二※ (代) 二人称。 軽い敬意をもって相手をさす語。 あなた。 「なふ, ~はなにとの給ふぞ/幸若・烏帽子折」 → 内※二※

御内

手紙のあて名のかたわらに添える語。 相手の妻や相手の一家にあてて出す場合に用いる。

御内

※一※ (名) (1)貴人。 また, 主人。 「~只今機嫌あしく候/義経記 7」 (2)貴人, または主君の邸内。 「其の後侍共~に夜討いたりとて/平家 12」 (3)将軍の指揮下に属する武士。 「御曹司の~にわれとおもはん侍ども/保元(中)」 (4)代々その主君に仕える家臣。 ⇔ 外様 「両六波羅を始めとして~外様の諸軍勢に至るまで/太平記 6」 (5)家臣。 家来。 「信濃国の住人麻生殿の~なる藤六と下六が/狂言・烏帽子麻生(天正本)」 ※二※ (代) 二人称。 軽い敬意をもって相手をさす語。 「~のおやは包丁人/狂言・鱸庖丁」

御内所

遊郭などで, 主人の居間や帳場。 また, その店の主人。

御内儀

貴人の妻または相手の妻を敬っていう語。 御内室。 御内証。

御内儀

近世, 他人の妻を敬っていう語。 町家の妻にいうことが多かった。

御内仏

御内仏(おないぶつ)は、仏壇のことであり、またその中に迎えた本尊を言う。浄土真宗から起こった言葉であるが、仏教各宗派でも使用される。 寺院の住職家族用の仏壇は本堂の仏様と区別する意味もあって特に御内仏と呼ばれるが、寺院のみでなく、一般の各家庭に安置してる仏壇も御内仏である。 仏壇 表示 編集

御内人

御内人(みうちびと、みうちにん)は、鎌倉時代に執権北条氏の家督・得宗に仕えた、武士、被官、従者。 御内人の多くは御家人を兼ねており、工藤氏・安東氏・諏訪氏・長崎氏・尾藤氏といった、幕政にも地位を得た著名な御内人は、みな御家人である。よって、辞書などではしばしば、「御内人は陪臣のため、身分が低かった」と記されているが、これは誤りである。

御内書

室町時代後半になると管領などが発給する御教書が減少するかわりに御内書が増大し、将軍の意思を直接通達する書状として公文書化した。なお、通常は側近である侍臣による副状が添付されるのが慣例であった。文型としては宛所(宛先)と書止めがそれぞれ「某とのへ・也」とより丁寧な表現の「某殿・也、状如件」の2形式が存

内裏式

嵯峨天皇の時代に弘仁格式の編纂と並行して、右大臣藤原冬嗣・中納言良岑安世ら7名に詔を下して新旧の儀式に関する記録(旧章・新式)を集成・検討して編纂を命じ、弘仁12年1月30日(821年3月7日)に完成の上奏が行われる。その後、淳和天皇の意向で右大臣清原夏野ら4名に改

内蔵式ギアボックス

きエンジン搭載車種に用いられるギアボックスはクランクケースと一体化されていないが、一体式ギアボックスとして包括的に扱われることもある。 内蔵式ギアボックスは筐体構造が一体化していることで、車体への搭載が容易でフレーム構造を簡易で軽量な構造とすることができ、フレーム形式によってはエンジンユニット自体

御成敗式目

謀反人事 第十条 - 殺害刃傷罪科事 第十一条 - 依夫罪過、妻女所領沒收否事 第十二条 - 悪口咎事 第十三条 - 殴人咎事 第十四条 - 代官罪過懸主人否事 第十五条 - 謀書罪科事 第十六条 - 承久兵亂時沒收地事 第十七条 - 同時合戰罪過父子各別事 第十八条 - 讓與所領於女子後、依有不和儀、其親悔還否事

御府内備考

『御府内備考』(ごふないびこう)は江戸幕府が編纂した江戸の地誌である。監修者は三島六郎政行(安永9年(1780年)6月 - 安政3年(1856年)9月)。江戸に関する基本史料になっている。 1810年(文化7年)、幕府は『新編武蔵風土記』の編纂を昌平坂学問所に命じた。武蔵国内の町名主や旧家、寺社より

式子内親王

⇒ しょくしないしんのう(式子内親王)

式子内親王

(1153頃-1201) 鎌倉期の女流歌人。 後白河天皇の第三皇女。 1159年から69年まで賀茂斎院をつとめ, 晩年に出家する。 歌は俊成に師事し, 「古来風体抄」を献ぜられる。 千載集以下の勅撰集に一五五首入集。 家集「式子内親王集」

小式部内侍

母のいる遠い天の橋立の地を踏んだこともありませんし、母からの手紙もまだ見ていません」であり、「行く野・生野」「文・踏み」の巧みな掛詞を使用しつつ、当意即妙の受け答えが高く評価された。四条中納言もまた小倉百人一首に選ばれているほどの歌人であったが、当時歌を詠まれれば返歌を行うのが礼儀であり習慣であった

プログラム内蔵方式

プログラム内蔵方式(プログラムないぞうほうしき)、ストアドプログラム方式は、主記憶に置かれたプログラムを実行する、という、コンピュータ・アーキテクチャの方式の一つである。 プログラム内蔵方式のうちENIACプロジェクトで考案されたものは、プロジェクトに加わっていた有名な数学者フォン・ノイマンの名を

御神酒頂戴式

そして最後に飲み干す代表者、この場合は当番町の自治会長が1人だけ大杯を持つことが許され、残った燗酒を飲み干した後、頭の上に逆さにした杯を掲げて「杯被り」を行い、「御馳走様でした」と「今年度当番町の御神酒頂戴式」の終わりを告げる。 そしてしばらく間を置いた後、引き続き「翌年度の当番町の御神酒頂戴式」が行われる。

式乾門院御匣

涙のみいとゝふりそふ時雨には ほすひまもなき墨染の袖 — 『玉葉和歌集』 巻第十七 雑歌四 一方で、同じ『玉葉和歌集』 に御匣の死を悼んだ歌も見られる。 安嘉門院への宮仕えで御匣の同僚であった阿仏尼は、弘安2年(1279年)に鎌倉に到着してから京の知人達と手紙のやり取りを頻繁に行うが、この頃、御匣のことを、