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รายละเอียดคำ

樺型駆逐艦

桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(3)』。Ref.C08020599500。  『大正4年 公文備考 巻41 艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(4)』。Ref.C08020599600。  『大正4年 公文備考 巻41 艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(5)』。Ref

คำที่เกี่ยวข้อง

樺 (樺型駆逐艦)

樺(かば)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の1番艦である。同名艦に橘型駆逐艦の「樺」があるため、こちらは「樺 (初代)」や「樺I」などと表記される。 1914年(大正3年)12月1日、横須賀海軍工廠で起工。1915年(大正4年)2月6日、進水(出渠)。同年3月15日、竣工。

榊 (樺型駆逐艦)

榊(さかき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の2番艦である。同名艦に松型駆逐艦の「榊」(未成艦)があるため、こちらは「榊 (初代)」や「榊I」などと表記される。 1914年(大正3年)11月5日、佐世保海軍工廠で起工。1915年(大正4年)2月15日、進水。同年3月22日、竣工。

樺 (橘型駆逐艦)

樺(かば)は日本海軍の駆逐艦。仮称5500号艦、橘型(改松型)駆逐艦として藤永田造船所で建造された。 艦名は植物の樺による。特にシラカバの別称とされる。艦名としては樺型駆逐艦の1番艦「樺」に続いて2代目。 竣工後、訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入。瀬戸内海で訓練、待機

松 (樺型駆逐艦)

#T14公文備考41艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(5)画像4『柏八時、松九時無事進水セリ 二月十四日三菱』 ^ #T14公文備考41艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(5)画像14『大正四年四月六日(中略)松竣工本日午後三時授受終ル』 ^ a b 「海軍辞令公報

杉 (樺型駆逐艦)

杉(すぎ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の9番艦である。同名艦に松型駆逐艦の「杉」があるため、こちらは「杉 (初代)」や「杉I」などと表記される。 1914年(大正3年)11月24日、大阪鉄工所桜島工場で起工。1915年(大正4年)2月16日に進水し、同年4月7日竣工。

楠 (樺型駆逐艦)

楠(くすのき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の6番艦である。同名艦に橘型駆逐艦の「楠」があるため、こちらは「楠 (初代)」や「楠I」などと表記される。 1914年(大正3年)11月10日、神戸川崎造船所で起工。1915年(大正4年)3月5日、進水し、同年3月31日、竣工。

梅 (樺型駆逐艦)

梅(うめ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の5番艦である。同名艦に松型駆逐艦の「梅」があるため、こちらは「梅 (初代)」や「梅I」などと表記される。 1914年(大正3年)11月10日、神戸川崎造船所で起工。1915年(大正4年)2月27日、進水し、同年3月31日、竣工。

桐 (樺型駆逐艦)

桐(きり)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、樺型駆逐艦の10番艦である。同名艦に松型駆逐艦の「桐」があるため、こちらは「桐 (初代)」や「桐I」などと表記される。 1914年(大正3年)11月24日、浦賀船渠で起工、1915年(大正4年)2月28日に進水し、同年4月23日竣工。

45型駆逐艦

45型駆逐艦(45がたくちくかん、英: Type 45 Destroyer)は、イギリス海軍のミサイル駆逐艦の艦級。1番艦の名前からデアリング級(英: Daring-class)、また姉妹艦全ての艦名がDで始まることからD級(英: D class)とも称される。

雷型駆逐艦

雷型駆逐艦(いかづちがたくちくかん)は、大日本帝国海軍が初めて運用した駆逐艦の艦級。第一期拡張計画に基づき、イギリス海軍B級駆逐艦の準同型艦として、明治29年・30年度計画でイギリスのヤーロー社に6隻が発注された。1899年より順次に就役し、日露戦争でも活躍した。

松型駆逐艦

橘(たちばな):「第5511号艦」(1944年9月1日、松型駆逐艦に類別)、1945年1月20日竣工(横須賀)。同年7月14日函館港内で沈没。 蔦(つた):「第5514号艦」、1945年2月8日竣工(横須賀)。終戦時残存。復員輸送に従事、賠償艦として中国へ。

樅型駆逐艦

(1939年(昭和14年)11月15日:栗、栂、第十三戦隊に編入。) (1940年(昭和15年)11月15日:栗、栂、上海方面特別根拠地隊に編入。) (1945年(昭和20年)1月15日:栂戦没。3月10日除籍) (1945年(昭和20年)10月8日:栗沈没。10月25日除籍)

楢型駆逐艦

1917年11月5日呉海軍工廠で起工、1918年2月23日午前9時32分進水、4月30日竣工 1935年(昭和10年)4月1日除籍。海軍機関学校の教材となる。終戦時船体は呉の浮き防波堤。 1917年10月16日佐世保海軍工廠で起工、12月28日進水、1918年4月7日竣工。 1934年(昭和9年)4月1日除籍。のちに海軍工機学校教材。

42型駆逐艦

8年11月21日に提示された。同月、1番艦が発注され、1970年1月より建造が開始された。 船型は、2層の全通甲板を備えた遮浪甲板型であり、艦尾に切り欠きを有することから長船首楼型とされることもある。船体の骨組みは全通縦肋骨構造を採用した。暴露甲板以外の甲板にはシアやキャンバーは付されておらず、フレ

暁型駆逐艦

と艦首の亀甲型(タートルバック)形態も同様である。第一期拡張計画での建造艦は、いずれも舵頭が水面上に露出する半釣合舵としていたが、これでは敵弾などで破壊される恐れがあることから、本型では釣合舵に改正された。これに伴い、排水量はわずかに増大し、また石炭搭載量も減少している。

Z1型駆逐艦

Z1型駆逐艦(1934型駆逐艦:Zerstörer 1934)はドイツ海軍の駆逐艦である。1937年に4隻が就役している。 第一次世界大戦後、新しい英独海軍協定の下で、それまでのヴェルサイユ条約の軍備制限を脱した最初の駆逐艦として建造された。戦間期ドイツの仮想敵国であったフランス、ポーランド海軍の大型駆逐艦

コトリン型駆逐艦

隻の建造計画に対し、100 隻の同型艦の建造が予定された。このように、41型の排水量を抑えて速力と航続距離を増すよう修正をした結果、「発展型」の性能は本質的に低下させられた。計画はすぐに見直され、速力と航続距離はそこまで重視しなくてもよいこととされた。それでもなお、195

Z23型駆逐艦

を招いた この結果、大戦中トライバル級を含むイギリス海軍の駆逐艦や(数字の上ではほぼ同格の主砲を持つ)軽巡との戦闘は何度か生起したが、ドイツ駆逐艦が互角または有利に戦ったと言える記録はあまりなく(訓練不足も災いした部分があるが)、ドイツ海軍も次級以降また主砲を127mmに戻すという措置を取っている。

桃型駆逐艦

機関は「桃」「樫」が艦本式衝動タービン、「檜」「柳」はブラウン・カーチス式タービンを搭載し、出力は樺型の約1.6倍の16,700馬力、速力も31.5ノットに向上した。なお従来のタービンは海外設計のものを国内で製造していたが、「桃」「樫」のタービンは初めて艦政本部の設計となり、「桃」「樫」のタービン