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甕津郡

甕津郡(オンジンぐん)は、朝鮮半島の行政区域名。 甕津郡 (仁川広域市) - 大韓民国仁川広域市に属する郡。 甕津郡 (黄海南道) - 朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に属する郡。 朝鮮半島 このページは地名の曖昧さ回避のためのページです。一つの地名が2か所以上の場所に用いられている場合の水先案内のた

คำที่เกี่ยวข้อง

甕津線

甕津線(オンジンせん)は、朝鮮民主主義人民共和国黄海南道海州市にある海州青年駅から甕津郡にある甕津駅までを結ぶ鉄道路線である。 日本統治時代に建設された甕津線を原型としている。1936年12月11日、海州~翠野(碧城)間が朝鮮鉄道黄海線の土城〜翠野間路線として開通。翌年5月19日に翠野〜甕津

甕津郡 (黄海南道)

東江面・松林面・茄佐面・月禄面・代車面・海南面を編入して京畿道甕津郡とした。このうち、白翎面と松林面の一部(延坪島)が朝鮮戦争休戦後も韓国の領域に残った。 1952年12月、北朝鮮は甕津面・北面・西面・龍泉面・交井面と茄川面の一部、興嵋面の大部分で甕津面を再編成した。現在は1邑・3労働者区・24里を管轄している。

天津甕星

み及び草木石くさきのいわの類を誅つみないて、皆已すでに平むげ了おわる。其その服うべなわぬ者は、唯ただ星神ほしの香か香が背せ男おのみ。 故かれまた倭文神しとりがみ建葉槌命たけはづちのみことを遣つかわせば、則すなわち服うべないぬ。故、二神天あまに登る。倭文神、此を斯し圖と梨り俄が未みと云う。」 【現代語訳】

甕津半島

옹진반도)は、朝鮮民主主義人民共和国黄海南道西海岸の半島。黄海に複葉状に延びた滅悪山脈の支脈を中心とし、全体は低い丘陵地で、海岸は複雑なリアス式海岸となっている。 7mもの潮差で良港には恵まれないが、漁場としては良好でありイシモチなど魚類の絶好の産卵地となっている。海苔の養殖とタコ、イワシの漁獲が多い。

甕津郡 (仁川広域市)

甕津郡(オンジンぐん)は、大韓民国仁川広域市に属する郡。 北朝鮮側の黄海南道に属する甕津半島には、同名の郡が存在する。 仁川西方の黄海(京畿湾)に浮かぶ島々を郡域としている。また、韓国側が統治する黄海道沖の島も管轄しており、仁川中心部から193キロメートル西方の白翎島(大韓民国統治地域の最西端)も

甕

酒などを入れるかめ。 「酒を好む猩々(シヨウジヨウ)は~のほとりに繋がれ/義経記2」

甕

天皇の祭具の一。 手を洗う水を入れるかめ。 [延喜式]

甕

「みか(甕)」に同じ。 「天の~に斎(イ)み籠(コモ)りて/祝詞(出雲国造神賀詞)」

甕

〔「み」は接頭語, 「か」は容器の意か〕 酒を醸造するのに用いた大きなかめ。 みかわ。 「酒殿は広しま広し~越しに我が手な取りそ/神楽歌」

甕

(1)口が大きく, 胴が丸く深い土器・陶器。 また, 壺の大形のものもいう。 容器, 食物の保存・加工用など様々に用いられる。 (2)「瓶子(ヘイジ)」に同じ。 「烏のついゐたるかたを~に作らせ給ひて/大鏡(道隆)」

水甕

(1)飲用などのために水をたくわえておく瓶。 すいびん。 (2)都市などに供給する上水をたくわえておく貯水池やダム。 「首都圏の~が涸れる」

甕城

甕城は城門の両側に城壁を半円(四方)に配し、城門には城楼を設営する。城壁の天面は兵員の往来が可能となっており、女墻(じょしょう、ひめがき)という低い防御壁で防備されている。破城槌の攻撃を避けるため、甕城の城門と正規の城門は同一列上からずらされた配置がなされていた。

埋甕

埋甕(うめがめ)は、縄文時代の深鉢形土器を土中に埋納する風習のこと。埋甕は住居の内部(出入口部)に営まれる住居内埋甕と住居外に営まれる住居外埋甕がある。 埋甕は、子どもの胎盤を納めて人の出入りの激しい場所に埋設し、それを人が踏んだり跨いだりすればするほど子供は丈夫に育つという風習である。埋甕の風習は、縄文中期中頃に

甕滋

長野県安曇野市出身。長野県上田高等学校、東京大学法学部卒業。日本政治史を専門とする岡義武のゼミで学ぶ。東大時代の同期に内海孚らがいた。自分にとって一番性に合うのは農林省だと考え、1957年に同省に入省。配属先は農政局総務課。1975年5月 畜産局食肉鶏卵課長。1978年7月 農林水産省畜産局食肉鶏卵課長。同年8月

甕襲

の山獣を食い殺した。すると、獣の腹から八尺瓊の勾玉が出てきたので、甕襲はこれを朝廷に献上した。そして、その勾玉は石上神宮(奈良県天理市)にあるとする。 説話に登場する「八尺瓊の勾玉」は、「八尺」という長さで単に大きいことを表した普通名詞であり、三種の神器の1つとして知られる八尺瓊勾玉(八坂瓊曲玉

康津郡

康津郡(カンジンぐん)は、大韓民国全羅南道にある郡。 百済時代に、道武郡(トム郡)の道康(トカン)と、冬音県(トンウム県)の耽津(タムジン)が合わさって成立した。郡名は道康の「康」と耽津の「津」に由来する。 1417年 - 道康県と耽津県が統合して康津県となった。道康

長津郡

長津郡(チャンジンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道西北部に位置する郡。 蓋馬高原に位置し、西側には狼林山脈がそびえる。郡の中心部にある長津湖は、南から北へ流れる長津江(鴨緑江の支流)を長津江ダムによって堰き止めたものである。 北 - 慈江道狼林郡 東 - 赴戦郡・新興郡 南 - 栄光郡、平安南道大興郡

深津郡

下市、福山奈良屋町、福山大工町、福山医者町、福山中町、福山福徳町、福山藺町、福山新町、福山船町、福山東町、福山今町、福山鍛冶屋町、福山深津町、福山桶屋町、福山上魚屋町、福山米屋町、福山吉津町、福山古吉津町、福山胡町、福山下魚屋町、福山大黒町、福山本町、福山府中町、福山笠岡町が存在。

大津郡

記載は瀬戸崎。 ^ 深川村東分・深川村西分・深川湯本村に分かれて記載。 ^ 記載は後畑村・津黄村のうち。 ^ 字雨乞、観音ケ浴、上角石を除く ^ a b 字雨乞、観音ケ浴、上角石 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 35 山口県、角川書店、1988年11月1日。ISBN 4040013506。