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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

皇御孫

[すめみま]
(1)天照大神の子孫。 皇統の子孫。 天皇。
「~の命の瑞(ミズ)の御舎(ミアラカ)を仕へまつりて/祝詞(祈年祭)」
(2)天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のこと。
「~天津彦彦火瓊瓊杵尊/日本書紀(神代下訓)」

คำที่เกี่ยวข้อง

皇孫

(1)天照大神の子孫。 皇統の子孫。 天皇。 「~の命の瑞(ミズ)の御舎(ミアラカ)を仕へまつりて/祝詞(祈年祭)」 (2)天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のこと。 「~天津彦彦火瓊瓊杵尊/日本書紀(神代下訓)」

皇孫

天皇の孫。 また, 子孫。 皇胤(コウイン)。

孫皇后

孫皇后(そんこうごう)は、明の宣徳帝の皇后。孝恭章皇后(こうきょうしょうこうごう)の諡号を贈られた。 済南府鄒平県の人。永城従九品主簿の孫愚と董氏の娘。知的で容姿も美しかった。 永楽8年(1410年)、10代の時、太子妃張氏(後の誠孝皇后)の母の薦めで、太子(後の洪熙帝)の邸に入り、朱瞻基(後の宣

長孫皇后

長孫皇后(ちょうそんこうごう)は、中国の唐の太宗李世民の皇后であり、高宗の母。小字は観音婢という。本貫は河南郡洛陽県。李世民とのあいだに李治をはじめとする三男四女を生んだ。唐の名臣長孫無忌を兄に持つ。 隋の右驍衛将軍長孫晟と継室の高氏(高勱の娘)のあいだの娘として生まれた。大業5年(609年)、長孫

全皇后 (孫亮)

人の理解で信憑性には疑問が残る。例:徐庶単家子→単福 ^ 『三国志』巻50呉書裴注:「亮妻恵解有容色、居侯官、呉平乃帰。永寧中卒。」恵解は形容詞の可能性が高い、例:『周瑜伝』瑜長壮有姿貌は「周瑜長壮して姿貌あり」の意味。『太平御覧』巻六百五十六 釈部四○異僧下

教皇御輿

教皇御輿(きょうこうみこし、伊: sedia gestatoria, 英: gestatorial chair)は、教皇が乗る移動式玉座。1978年まで使われた。これには豪華に装飾され絹を張られたアームチェアが乗っており、それを固定した足台 (suppedaneum) の両脇に金メッキされた 2

御馬皇子

押磐皇子(いちのへ の おしは の みこ)、同母妹に飯豊青皇女(いいとよあお の ひめみこ)。木梨軽皇子・安康天皇・雄略天皇の従兄弟に当たる。 推定456年(安康天皇3年8月)、安康天皇が眉輪王によって暗殺された後の皇位空白の際に、市辺押

土御門天皇

(1210年11月25日) 土佐、阿波に流されたことから、土佐院、阿波院の別称がある。 陵(みささぎ)は、宮内庁により京都府長岡京市金ヶ原金原寺にある金原陵(かねがはらのみささぎ)に治定されている。宮内庁上の形式は八角丘。 徳島県鳴門市大麻町池谷には土御門天皇を御祭神とする阿波神社があり、境内に火葬塚がある。

皇居東御苑

皇居東御苑(こうきょひがしぎょえん)は、日本の東京都千代田区にある皇居附属の庭園。皇室関連施設。宮内庁の管轄。 当地はかつての江戸城の本丸・二の丸・三の丸に位置する。本丸には江戸幕府将軍の住居である本丸御殿や天守閣があり、城の中枢であった。 全域を宮内庁が管轄し、1968年10月1日から宮中行事に

御名部皇女

大夫(ますらを)の鞆(とも)の音すなり物部(もののふ)の 大臣(おほまへつきみ)楯立つらしも [万葉集 巻1-76] 御名部皇女の和(こた)へ奉れる御歌 吾が大君ものな思ほし皇神の 継ぎて賜へる我なけなくに [万葉集 巻1-77] 父:天智天皇 母:蘇我姪娘(父:蘇我倉山田石川麻呂) 同母妹:阿閇皇女(元明天皇) 夫:高市皇子

中御門天皇

第五皇子:信宮(妙光院、1734年) 掌侍:菅原(五条)寛子(1718年 - ?) - 五条為範女 第六皇子:遵仁法親王(寛全親王、1736年 - 1747年) - 仁和寺 妃:丹波氏(伊予局・見性院、1703年 - 1770年) - 小森頼季女、錦小路頼庸養女、のち石井行康養女 第一皇女:聖珊女王(1721年 - 1759年)

孫

(1)子孫。 後裔(コウエイ)。 「其れより僧迦羅が~, 今に其の国に有り/今昔 5」 (2)血統。 血筋。 「狐の子は, 子狐より, 父が~をつぎて/曾我 8」

孫

まご。 むまご。 「その子~までははふれにたれど, なほなまめかし/徒然 1」

孫

〔「うまご」の転〕 (1)子の子。 「~娘」 (2)間を一つおいた関係。 「~弟子」「~引き」 <i>~は子よりもかわいい</i> 祖父母にとって孫は我が子よりもかわいい。

孫

子の子。 まご。 [和名抄]

孫恩 (孫呉)

らねば位に即けなかったのだ。それであるのに、いま献上しようとした物を突き返された。これでは一般の臣下とまったく同じ待遇ではないか。もう一度、改めて廃立のことを行なわねばなるまい」と恨み言を述べた。張布はこの言葉を孫休に伝えた。孫休は、心中に孫綝を不快に思ったが、それを表面に表せば

後土御門天皇

ふさひと)。 後花園天皇の第一皇子。生母は藤原孝長の女で大炊御門信宗の猶子の大炊御門信子(嘉楽門院)。 生母である伊与局の出身身分が低く、当初は将来は出家させるつもりで父である後花園天皇の実家である伏見宮家にて育てられていたが、後花園天皇に他の男子が生まれなかった

明治天皇御集

しい留守の家々はこうもあろう、雨や風や暑さや寒さをどう過ごすであろうと、ひたすら思い悩み、その思いを御製にしたためている。これを出征将士も一般臣民も拝誦できるようにするならば士気振興にも民心緊張にも非常に効果がある。こう思った千葉は高崎に働きかける。高崎は、かつての漏洩事件に触れ、今は勅封を受けてい

御御

〔「御御前(オゴゼ)」の転とも〕 妻または娘をいう語。 おご。 「こなたへ遣はしました~が/狂言・岡太夫(鷺流)」