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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

神道無念流

神道無念流の全伝を今も伝えている。 八戸藩伝神道無念流居合(小瀬川充系)   4代目正統道統北村益から立居合を習った小瀬川充がその後門弟を集め立居合を指導した。特徴としては袈裟斬りを多用する。稽古地として八戸市及び山梨県(国際水月武術協会)がある。八戸市では八戸藩伝神道無念流居合として八戸市無形文化財の指定を受けている。

คำที่เกี่ยวข้อง

無念

不注意なこと。 考えが足りないこと。 また, そのさま。 「問ひもいたさいで~な事をいたいた/狂言・末広がり」

無念

(1)〔仏〕 種々の雑念を生む心を消滅させた状態。 正念。 ⇔ 有念 (2)悔しく思う・こと(さま)。 「~至極(シゴク)」「~千万(センバン)」「残念~」「~の涙」「~を晴らす」 ﹛派生﹜~が・る(動ラ五[四])~さ(名)

念流

」とあり、僧を師としたことがわかり、当流が確認される最古級の柔術という見解がある(『歴史街道 2008 6月』 PHP研究所 p.66)。 流名の「念」は『撃剣叢談』によると、「一念をもって勝つことを主とする」ところからきており、「右手を斬られれば、左手で詰め、左右の手が無ければ、噛(かぶ)りつい

神心無想流

神心無想流(しんしんむそうりゅう)とは、中島将弼が編み出した居合の流派。 中島将弼は、家伝の神影流剣術のほか、合気道や流派不明だが薙刀術、杖術、弓術、さらに空手も修行し、1942年(昭和17年)、神影流剣術より神心無想流居合を編み出した。 [脚注の使い方] 表示 編集

無限神刀流

その特徴は一般的な居合と違い、基本四法、座り技、半立座、立技、奥居合の五段階の技法によって構成されており、他に真剣術(組太刀)と杖捕り(短槍術、棒術)等の組形を伝承している。座技(正座)、半座、立技の区分は大東流の技術区分に準じて構成されているのがこの流儀の特徴の一つである。またそ

無想無念

〔仏〕 心に何も思わず何も念じない状態。 無我の境地。 無念無想。

無念無想

(1)〔仏〕 あらゆる雑念がなくなって心が澄み切っている状態。 「~の境地」 (2)何も考えないこと。 思慮がないこと。 また, そのさま。 「~の下部共占はせよ/浄瑠璃・百合若大臣」

御流神道

御流神道(ごりゅうしんとう)とは、法親王などに相承される法流の神道。両部神道が真言密教と密接に結びついて発達した。 平安時代末期から鎌倉時代にかけて成立したと考えられ、様々な灌頂儀式とともに伝承され、室町時代には密教的儀礼に基づいた御流神道加行法則が成立し、江戸時代初期には八十通印信の印信形式を整え

念無し

(1)残念である。 無念である。 「是を射も殺し斬りも殺したらんは無下に~・かるべし/平家 6」 (2)容易である。 たやすい。 「高櫓一つ, ~・く攻め破られて焼きけり/太平記 17」 (3)意外である。 思いがけない。 「~・う早かつた/狂言・末広がり(虎寛本)」 (4)心残りがない。 「亡君のうらみを報ひ, ~・うこそ泉岳寺へ引きとりたり/新花摘」

道念

(1)道徳を重んずる心。 道義心。 (2)信仰を求める気持ち。 求道心。 (3)僧侶の妻。 梵妻。

無外流

『月刊剣道日本』1977年5月号「続・剣脈風土記2 土佐 無外流」、スキージャーナル 大森曹玄「『剣と禅』五章、一法無外 - へなへな剣の都治月丹 p.69 自鏡流 津田一伝流 無外流居合兵道 剣客商売 破れ傘刀舟悪人狩り 無外流兵法譚 無外流の研究[リンク切れ] 無外流剣法と自鏡流居合の世界 古流志栄館道場

無辺流

無辺流(むへんりゅう)は、盛岡藩で伝えられてきた古武道の槍術の流派である。正式名称を「無辺要眼流棒術」という。 棒術、長刀術等からなり、諸賞流別伝縄術も共に伝えられている。 現在も岩手県盛岡市で伝承されており、昭和54年(1979年)8月1日、諸賞流と共に盛岡市指定無形文化財の指定を受けている。

無双流

平成初期まで伝承者がいたが現在の伝承状況は不明である。 流祖  金森山城守義盛 流祖  長尾大隅守元高(長尾城主) 二代  吉田栄門 三代  青山馬之助 四代  木村左兵尉 五代  村山清雲 六代  斉藤無人斎 七代  内海長右衛門 八代  氏部甚十郎(中興の祖) 九代  美馬左近(今左近) 十代  久保竜之進

無相流

腰固、組落、組討 拳踵術 胴碎、襟取殺、助碎、陰碎、竒正拳 固 腕固、逆固、守固、海老固、足當、中殺 中極意 鷙鳥、鷲ノ逆落、廻詰、誘捕、返捕、必死、兩拳、鷲之一足、萬死ノ秘術 要法 三ノ先、衣塵始末之傳、間合足蹈之傳、野中ノ幕、投幕、飛剱、 礫捕、砂捕、水捕、火捕、煙殺、早着込ノ傳、戸入戸脇ノ傳、

無楽流

祖は長野無楽斎槿露。一説によれば、名を正次、十郎左衛門と称し、上州箕輪城主長野信濃守の一族で、武田氏に滅ぼされ出羽に漂浪し、林崎甚助及び田宮平兵衛に居合術を学び、工夫して一家をなした。のち彦根藩藩主井伊直政に仕えて五百石、九十歳で没したという。 ^ 綿谷雪『武藝流派辭典』(人物往來社、1963年)306頁

無眼流

を極めた後に書院番士となって小笠原忠基に仕えた。この頃、豊前の近海に清の船が度々出没していたが、景純は清船に乗り込み筆談で船員の事情聴取を行うなど、取り締まりに活躍した。その後は将軍の護衛役である近習番となった。 反町無格は安倍摂津守の家臣であった。千葉周作の「剣法秘訣」に反町が盲人の丸木橋を渡る

神道六合流

開設時に、深井子之吉が戸塚派揚心流の技から編み出した型が加わった。 初期に教えていた乱捕は、手技8、足技14、腰技8、捨身技12、手締5、足締5、胴締5、首締5、喉締10、抑固法6の78技を教えていた。これを左右に準用し表裏に変化応用して420の技としていた。また、日本の相撲、中国の体術、ボクシン

神道一心流

神道一心流(しんとういっしんりゅう)は、櫛淵宣根が開いた剣術流派。戸田流薙刀術を併伝していた。 上州利根郡後閑村の住人・櫛淵宣根は父・宣久より神道流を学んだ後、微塵流剣術、戸田流薙刀術、直心影流剣術、三和無敵流剣術、揚心流柔術等を学んで神道一心流を開いた。当流の刀法は「微塵流」「直心影流」「無敵流」

真之神道流

真之神道流(しんのしんとうりゅう)とは山本民左衛門英早が創始した柔術の流派である。殺活術に優れていたと言われ、天神真楊流の元になった流派の一つである。 山本民左衛門英早は大坂同心である。山本民左衛門は、楊心流の形を初段・中段・上段の三段階に纏め、宝暦年間(1751年~1764年)に真之神道流を創始し