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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

鈔

[しょう]
(1)書物などの一部分を抜き出して書くこと。 抜き書き。
(2)難しい語句などを抜き出して注釈をつけること, またその書。
「史記の~」
(3)尺貫法で, 容積の単位。 勺(シヤク)の一〇分の一。 《抄》

คำที่เกี่ยวข้อง

交鈔

シナ人は、ディーナール[金貨]やディルハム[銀貨]を商売に使わない。上述したように、[外国との取引きで]彼らの国に利益として得られたそうしたもの(金貨や銀貨)のすべてについて、彼らは鋳塊に溶かしてしまうためであり、[それに代わって国内における]彼らの売り買いは、紙片によってのみ行われる。その一つひとつの紙片は

名目鈔

自序によれば、禁中における事物の名目(名称)の故実読みを後世に伝えるために撰述したという。恒例諸公事・同臨時・私儀・諸公事言説・禁中所々名・人体・院中・雑物・衣服・喪服・車具・文書の12の篇目に分類して約600語を採録し、その読み方を片仮名で傍書するとともに簡単

壒嚢鈔

この項目には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字(あい嚢鈔の「あい」の字(土蓋))が含まれています(詳細)。 『壒嚢鈔』(あいのうしょう、「あい」は土偏に蓋)は、室町時代中期に編纂された辞典である。全7巻。勧勝寺の僧行誉の著で文安2年(1445年)または同3年(1446年)成立。

愚禿鈔

『愚禿鈔』(ぐとくしょう)は、親鸞の著作で、浄土教の先徳の教えを通して親鸞自身の信心の立場を明らかにした論書である。上下2巻からなるため『二巻鈔』ともいう。浄土真宗の主な正依の聖教の1つ。 専修寺本の奥書には、「建長7年乙卯(1255年)8月27日書之」と記されていて、その頃に撰述したものと考えられる。

大清宝鈔

ため取り引きに不便だった。信用制度の発達によって、民間で紙幣が発行されるようになった。 典当業(質屋)は、現金との兌換が可能な預かり証を発行した。銅銭と兌換できる銭票や銀貨と兌換できる銀票があり、信用が高い典当の銭票や銀票は市場でも流通した。乾隆帝の時代からは銭荘と呼ばれる両替商の活動が増加した。

魚魯愚鈔

魚魯愚鈔(ぎょろぐしょう)は、除目に関する申文や大間書などの資料や『清涼記』・『西宮記』などの除目関係記事を集成した有職故実書。著者は太政大臣洞院公賢。全8巻及び別巻にあたる『魚魯愚別録』全8巻からなる。なお、古くは江戸時代の平田職忠の著作とされてきた(『国書総目録』説)が、時野谷滋や細谷勘資の研究

大明宝鈔

評価されていた。宝鈔の価値を管理するために、以下のような政策が行われた。 偽造者の斬罪と密告の奨励。 宝鈔1貫=銅銭1000文=銀1両=金2.5銭のレートの設定。 宝鈔の種類は1貫、500文、400文、300文、200文、100文の6種類。 民間の金銀使用の禁止。 商業税を銅銭3、宝鈔7の比率で納税するように定めた。

北堂書鈔

本書(7世紀初)は完本が残る類書としては、中国最古であり、『芸文類聚』・『初学記』・『白氏六帖』とともに「四大類書」と称される。[誰によって?] 『北堂書鈔』は帝王部、后妃部、政術部、刑法部、封爵部、設官部、礼儀部、芸文部、楽部、武功部、衣冠部、儀飾部、服飾部、舟部、車部、酒食部、天部、歳時部、地部の19部に分かれる。項目ごとに諸書から語句を引用している。

塵添壒嚢鈔

この項目には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字(塵添あい嚢鈔の「あい」の字(土蓋))が含まれています(詳細)。 『塵添壒嚢鈔』(じんてんあいのうしょう、「あい」は土偏に蓋)は、室町時代に編纂された辞典である。全20巻。天文元年(1532年)成立。流布している版本の刊行は1650

浄土文類聚鈔

『浄土文類聚鈔』(じょうどもんるいじゅしょう)は、鎌倉時代初期の日本の僧・親鸞の著作である。浄土真宗の要義を書き記した論書である。本書は、『教行信証』(広文類)に対して『略文類』(略典)とも呼ばれる。 製作年代は特定されておらず、主著である『教行信証』の前後であろうとされているが、論義が分かれている。

太平記評判秘伝理尽鈔

『理尽鈔』の史料的価値を否定し、「論ずるに足りず」としている。明治以降の近代史学でもほとんど顧みられず、亀田純一郎は1931年の論文で「末節に拘泥し陳腐に流れ、読むに堪へないものが多い」と評している。 1980年代以降、文学研究者によって『太平記』受容史上の意義が指摘され、本書の研究が進んだ。若尾政

オルク・テムル (斉王)

オルク・テムルが登場するのはイェスン・テムル・カーンの時代からで、泰定3年(1326年)に斉王位を継ぎ、金印を支給されている。また、翌泰定4年(1327年)には鈔二万錠を賜っている。 イェスン・テムルが亡くなると、カーン位を巡ってアリギバ(上都派)とトク・テムル(大都派)との間で内戦が勃発し(天暦の内乱)、元

デルゲル・ブカ

「[至大四年秋七月]乙酉、賜湘寧王迭里哥児不花所部鈔三万二千錠」 ^ 『元史』巻135列伝22徹里伝,「徹里、阿速氏。……皇慶二年、従湘寧王北征、以功賜一珠虎符」 ^ 『元史』巻25仁宗本紀2,「[延祐三年五月]庚午……賜諸王迭里哥児不花等金三百五十両・銀一千二百両・鈔三千二百錠・幣帛有差」

粛順

処分を主張し、斬刑に処した(戊午科場案)。また、貨幣改鋳にまつわる不正事件で多数の官僚を処罰する一方、別の一派から賄賂を受け取り見逃したこともあり(鈔票案)、2大事件を通して官僚組織を牛耳った。 咸豊10年(1860年)、アロー戦争で英仏連合軍が北京を襲撃すると、咸豊帝の「北狩」に随行、熱河の行宮で

大沼枕山

保15年(1844年)12月まで滞在し、下谷御徒町に家を借りて移る。やがて弘化4年(1847年)に妻を娶(めと)ると、2年ほどして『枕山絶句鈔(枕山詩鈔七絶)』を刊行した年の初冬に下谷御徒町の三枚橋南畔に家を建てて「考詩閣」と名づけ、詩社の下谷吟社を開く。 結城の藩校へ経書の出講義に招かれるのは嘉永

法幣

国民政府が商人運貨出口及售結外匯辦法を公布し、為替の統制を進める 1938年6月 国民政府が限制攜運鈔票辦法を公布 1938年9月 国民政府が金類兌換法幣辦法を公布 1939年1月 国民政府が、聯銀券の取締を行う取締敵偽鈔票辦法 (取締日偽鈔辦法)を公布する 1939年7月 日英間で有田=クレーギー協定が結ばれ、イギリスが連銀券の流通を認める

藤森弘庵

『春雨樓詩鈔』 分冊1、横山巻評選、上坂氏顕彰会史料出版部〈上坂氏顕彰会所蔵手写本 42〉、2002年3月。全国書誌番号:20269015。  『春雨樓詩鈔』 分冊2、横山巻評選、上坂氏顕彰会史料出版部〈上坂氏顕彰会所蔵手写本 42〉、2002年3月。全国書誌番号:20269016。  『春雨樓詩鈔』

蘇昭旭

(繁体字中国語)12種台鐵經典火車頭 悠遊卡集合出套卡 2009年6月6日,卡優新聞網 ^ (繁体字中国語)蘇昭旭校友(電子系79級)的攝影作品,選用於晶片護照與鈔票紀念冊 2011年4月,逢甲大学 ^ (繁体字中国語)紀322 阿里山森林鐵路100年紀念郵票小全張 中華郵政 ^ 阿里山鉄道開通百周年、記念切手25日発売

吉原浩人

『《燈籠佛》の研究』(編著)、至文堂、2000 『東洋における死の思想』(編著)、春秋社、2006 『海を渡る天台文化』(共編著)、勉誠出版、2008 『古鈔本『江都督納言願文集』(編著)、二松学舎大学21世紀COEプログラム、2009 『南岳衡山と聖徳太子信仰』(共編著)、勉誠出版、2018