職場における「有害な上司(toxic boss)」は、単に士気を低下させるだけでなく、従業員のメンタルヘルスにも深刻な影響を及ぼす。米国で行われた調査では、有害な上司が原因でメンタルヘルスカウンセリングを受けた従業員が半数を超え、3分の2が転職を余儀なくされている実態が明らかになった。しかし、部下を苛立たせるマネジャーの全てが「有害」と断定できるわけではない。
組織心理学者のローラ・ハンブリー=ラヴェット博士は、その違いは行動が「対処可能」か「有害」かにあると指摘する。「扱いにくい上司は、うまく付き合う術を学べば、職場に留まりキャリアを成功させることも可能ですが、有害な上司の場合は長続きしません」。 相手がどちらなのかを把握できれば、次に取るべき行動が決まる。コミュニケーションの改善、強固な境界線の設定、そして部下から上司を管理・支援する「マネジング・アップ」のスキルが求められる場合もあれば、信頼を守り、健康を保ち、次の一手を計画することが必要な場合もある。
要求が厳しかったり、段取りが悪かったり、コミュニケーションが不得手だったりしても、チームの成功を願うマネジャーは「有害」とは限らない。率直すぎる、物忘れをする、連絡が遅いといった「扱いにくい」上司は課題を生むが、有害な職場環境をつくるとは限らない。ハンブリー博士によれば、扱いにくいマネジャーはうまく対処できることが多い一方、有害なリーダーがもたらす害は長期的には許容しがたい。彼らの行動は一時的ではなく一貫して現れ、部下は不安になったり、自信を損なったり、常に警戒状態に置かれたりする。上司の振る舞いが心身の健康や自信、最高のパフォーマンスを発揮する能力を繰り返し損なうなら、問題は「扱いにくさ」の域を超えている可能性がある。
すべてのマネジャーには欠点がある。段取りが悪い、伝え方が下手、ストレスの高い時期に非現実的な高基準を掲げる、といった行動は不満の種になり得るが、部下の成功やキャリア成長を妨げるものではない。ハンブリー博士は、扱いにくい上司の多くはマネジメントスキルが不足しているだけだと指摘する。対して有害なリーダーは、信頼を損ない恐怖を生む反復的なパターンを示す。具体的には、他人の成果を横取りする、情報を出し惜しみする、責任転嫁する、えこひいきをする、チーム内に分断をつくる、といった行動を取る。単発の出来事で判断するよりも、数週間から数カ月にわたって繰り返される行動を見極めるほうが、実態をより正確に捉えられる。
建設的なフィードバックは、プロとしての成長に不可欠だ。要求水準の高いマネジャーは、部下に改善を促し、難易度の高い質問を投げかけ、ミスに対する責任を問うことがある。こうしたやり取りは居心地悪く感じられることもあるが、焦点は本人ではなく仕事である。有害なリーダーは、人前で部下に恥をかかせたり、予告なく期待値を変えたり、発言や挑戦を恐れさせる空気をつくり出したりすることがある。絶え間ない批判や責任転嫁、予測不能な反応にさらされ続ければ、成果を出してきた人でさえ自己不信に陥る。
多くの従業員が上司に期待するのは、指導やフィードバック、支援であり、他人の成果を自分のものだと主張することではない。扱いにくい上司はあなたの貢献を認め損ねることはあるが、有害なリーダーは、組織内で自分の評価を上げるためにあなたのアイデア・仕事・成功の手柄を常習的に横取りする場合がある。こうした行動はやがて信頼関係を損ない、社員が全力で貢献しようとする意欲をそぐことになりかねない。自分の貢献が認められないと感じると、人は知識共有や主体的な行動に踏み出しにくくなる。昇進、ストレッチアサインメント、リーダーシップの機会は、あなたの貢献が周囲に認識されるかどうかに大きく左右される場合が多い。
有害なマネジメントスタイルは、部下のモチベーションの低下や精神的な消耗、そして冷笑的な態度(シニシズム)の広がりと関連する。批判を予期し、職場の政治的な駆け引きに対処し、報復から身を守ることに一日を費やしていると、仕事への関与を保ち、高い水準で成果を出すことは難しくなる。有害な上司は、心身の健康にも打撃を与え得る。慢性的なストレスは、バーンアウト(燃え尽き症候群)や睡眠トラブル、不安につながり、長期的なキャリア成長に集中することをさらに難しくする。影響は家に持ち込まれ、私生活における人間関係や日々の習慣にまで及ぶことさえある。
相手が扱いにくいマネジャーなのか、有害な上司なのかを認識できれば、より効果的に対応できる。職場の課題の中には、より明確なコミュニケーション、期待値の適切な設定、マネジング・アップの習得によって改善できるものがある。だが、有害な環境には別の戦略が必要だ。問題行動を記録し、直属チームの外に人間関係を築き、職業上の評判を守る。改善が見られないなら、社内で別の機会を探すか、次の一手の計画を始めるべきである。有害な上司の振る舞いはコントロールできないが、自分の幸福感を守り、キャリアを前に進めるために取るべきステップはコントロールできるのだ。