JLPT N1 – Reading Exercise 06
ある著名な料理評論家が、「さまざまな料理を食べ歩くのは大変ですね。好きな料理だけでなく、苦手なものや嫌いな食材もあるでしょう」と問われて、「いいえ、最初から好き嫌いで判断することはありません。まずは先入観を持たずに、その料理を味わうようにしています。最低限、その料理や作り手に敬意と興味を持つようにしています」と答えていたのが印象的である。
私たちは、料理や食材について聞いた話や、見た目の印象で、ある程度、その味や価値を決めてしまいがちである。
料理の色や盛り付け、香りや食感、さらには、国や地域、作り手の経歴や評判、価格などからも、どんな料理か、何らかの先入主(注1)を抱く。食べるときの自分の体調や気分、その場の雰囲気にも左右されるが、そうしたことを差し引いて冷静に味わう人は少なく、たいていは、これまでの経験から「これはこういう味だ」とイメージを作り上げる。過去に似た料理を食べていれば、その印象が重なってくる。意識的に取り除こうとしても、この第一印象は強い影響を残す。
(中略)
たとえば初めての高級レストランで、内心強い緊張や劣等感を持っていると、「自分には合わないのでは」と不安になり、料理の評価にもバイアス(かたより)が生じる。過度に期待して実際以上に美味しく感じたり、逆に反動で、何かにつけて粗を探そうとしたりする。
人生において初めての食体験はすべて「見合い」のようなものだが、身がまえてコチコチになっていると、料理本来の味が正確に感じ取れない。特に高価な食事や特別な場面では、バイアスがかかりやすく、偏った先入主を抱きがちである。敷居が高そう、気取っていそう、難しそう……など。それは、多くの場合、自分側の気持ちを、料理のイメージに投影しているのである。
身がまえることなく、料理や食文化を受け入れることが、いかに難しいか。自己防衛的な身がまえは、味覚の扉を閉じようとする姿勢である。著名な料理評論家が言ったように、自分の心の扉を開き、未知の味に接しようとする心がけが必要である。見た目や先入観にとらわれたり、こだわったりすると、食の楽しみは入り口でつまずいてしまう(注2)。
(注1)先入主:先入観
(注2)つまずく:物事がうまく進まないこと