JLPT N1 – Reading Exercise 89
「安心して立ち戻れる場所がある」という意識は、人の心に大きな余裕をもたらす。実際に戻る必要がなくても、「戻れる場所がある」と思えるかどうかで、人生の選択肢や行動の幅は大きく変わるものだ。逃げ道が確保されている人ほど、未知の世界に飛び込む勇気を持てる。失敗を恐れず、より自由に挑戦できるのだ。
これは家庭や家族関係にも通じる。数年前、息子が海外に留学する際、私が伝えたのはただ二つ。「困ったらすぐ連絡しなさい」と「どんな時でも帰ってきていい」。親が子に与えられる最大の安心は、無条件に受け入れるという約束だと思う。住む場所がなくなっても、必ず温かい食事と寝床が待っている。この言葉を、親はどんな状況でも変わらず伝え続けるべきだと私は考える。「甘やかしすぎると自立できなくなる」と言う人もいるが、私はそうは思わない。
「人は誰しも不完全で弱い存在だ」というのが私の根本的な人間観である。だからこそ、最も大切なのは、その弱さを受け止め、癒し、支える場を安定して用意することだ。家庭は、家族の能力を高めたり、社会的競争に勝つために鍛える場ではない。そうした訓練や試練は、家庭の外でいくらでも経験できる。
家庭とは、外で傷つき、疲れ果て、心が折れそうになった家族が、安心して傷を癒し、再び外の世界に向かう力を蓄えるための拠点であるべきだと私は思う。