動物福祉先進国フランスにおけるペット飼育放棄の現状と制度の矛盾
「ペット大国」として広く認識されているフランスにおいては、犬を「家族の一員」として迎え入れる文化が深く根付いている。そのため、カフェやレストラン、地下鉄、さらには老舗デパートにおいても、飼い主の傍らで穏やかに過ごす犬たちの姿は日常的な光景となっている。筆者自身、日本から三歳の黒豆柴を伴ってフランスへ移住したが、ほとんどの飲食店では、特に要望を伝えずとも水の入ったボウルが提供されるなど、動物に対する配慮が徹底されていることに驚かされた。
また、フランスでは血統書付きの犬や猫の名前に、その年のアルファベットを頭文字として用いる制度が1926年より導入されており、2025年は「A」が割り当てられている。
しかし、これは義務ではなく、個々の飼い主の裁量に委ねられているのが実情である。筆者が最近出会ったゴールデンレトリバーも、日本文化に由来する「Sake」という名を持ち、2021年生まれで「S」が頭文字となっていた。
2020年の世論調査によれば、フランスにおける動物飼育率は約50.5%に達し、2024年時点で家庭内の犬の数は約990万頭、猫は約1660万頭と、日本のそれを大きく上回っている。このような背景から、フランスでは長期休暇であるバカンスの際にも、家族同様に犬を同行させることが一般的となっている。特筆すべきは「ペットパスポート」の存在であり、これはかかりつけの獣医師によって発行され、EU加盟国間やノルウェー、北アイルランドを含めた域内の自由な移動を可能にしている。
このパスポートには、動物の基本情報のみならず、ワクチン接種歴や獣医師の連絡先等が記載されており、健康証明書やマイクロチップ情報も必要とされる。航空会社によっては、犬種や総重量、ケージの仕様など厳格な規定が設けられているため、事前予約および追加検疫措置が不可欠である。
筆者も黒豆柴と共にEU諸国を旅行した際、常に安心して移動できる環境が整えられていることを実感した。
しかしながら、こうした動物福祉制度が充実している一方で、フランスでは依然として「飼育放棄」という深刻な社会問題が存在している。特に5月から8月のバカンス期間中は、飼育放棄が最も多く発生する季節であり、動物保護団体『SPA』によれば、2024年には約13,000頭の犬が保護されたものの、これは全体のごく一部に過ぎない。実際には、年間約20万頭が放棄されているとの報告もあり、その背景には、バカンス中の預け先が見つからないことや、飼育費用の負担増、さらにはコロナ禍による生活様式の変化など、様々な要因が複雑に絡み合っている。
フランス政府の農業食品省によれば、犬一頭あたりの年間飼育費用は9万円から18万円に及ぶとされるが、為替変動や医療費の高騰により、実際の負担はそれ以上であることも少なくない。このような現状を受けて、2021年には動物愛護法が改正され、2024年からはペットショップおよびインターネットによる犬猫の販売が全面的に禁止されるなど、法制度の強化が進められている。加えて、2026年にはイルカやシャチのショー、2028年にはサーカスでの野生動物利用も禁止される見通しである。
一方で、「飼育放棄」が後を絶たない現実があるものの、犬が人間社会に与える恩恵もまた顕著である。例えば、公共ラジオ『フランスインター』で紹介された補助ケア犬「スヌーピー」は、病院において患者の心を和らげ、コミュニケーションの円滑化に寄与している。
加えて、犬は低血糖症やてんかん発作、さらにはがん早期発見にも役立つことが実証されており、山形県金山町では「がん探知犬」による健康診断も実施されている。
現在、フランス国内では盲導犬や介助犬、聴導犬など約2,500頭が補助犬として活躍している。犬は決して単なる「おもちゃ」ではなく、かけがえのない「家族の一員」であるという認識が社会全体に浸透しつつある。今後、こうした意識がさらに深まることで、悲劇的な飼育放棄の問題も次第に解消されていくことが期待される。