むかし、かつて上狩野の旧家に菊三郎という人物がいた。
很久很久以前,在上苅野的一個古老家族中,住著一位名叫菊三郎的人。
彼は悪事を働くことこそなかったものの、働き者とは言いがたく、日々の生活は借金取りに追われることが常であった。
他雖然沒有做壞事,但也很難說是個勤奮的人,日常生活經常被債權人追著跑。
しかし、自然を愛でる心は人一倍であり、そのために生計を省みず、悠々自適の暮らしを続けていたのである。
然而,他非常熱愛自然,所以對生活的糧食並不執著,過著自由隨性的生活。
そんなある折、菊三郎は借金返済のため、ついに家に伝わる山を売却せざるを得なくなり、売却に先立って山へ赴くこととなった。
有一天,菊三郎終於不得不為了償還債務,將家族世代相傳的山賣掉。在賣掉之前,他決定先登上那座山。
道中、足を滑らせて崖から転落し、谷川の川床に落ちた菊三郎は、清らかな水辺と周囲に響き渡るカジカの鳴き声に心を奪われ、しばし夢幻の境地に浸っていた。
途中,他不小心滑倒,從懸崖跌落,掉進了山谷中的河流。被清澈的河水和四周迴盪的河鹿蛙鳴聲所吸引,菊三郎漸漸陷入了朦朧的意識中。
その時、突如として彼の肩を叩く者が現れ、見上げると、そこには世にも不思議な老人が立っていた。
就在那時,突然有人拍了拍他的肩膀,抬頭一看,站著一位他從未見過的神祕老人。
老人は「私は河鹿沢に棲むカジカの頭領である。
あなたが売ろうとしている山が他人の手に渡れば、木々は伐採され、谷は乾き、川床も濁流に呑まれてしまう。
如果你打算出售的那座山落入他人之手,樹木將會被砍伐,山谷會乾涸,溪流的河床也會被渾濁的水沖刷殆盡。
そのようなことになれば、我々カジカはこの地を追われてしまうのだ。
如果那真的發生了,我們鱷魚們就會被趕出這個地方。拜託,請不要賣掉這座山。
どうか、山を売らないでほしい」と懇願した。
その言葉に菊三郎は大いに心を動かされ、気がつくと老人の姿はすでになかったが、「承知しました」と独りごちて山を後にした。
當他回過神來時,老人已經消失了,只留下一句低語:「我明白了」,然後離開了山。
帰宅した菊三郎は、家財道具や書画骨董の類をすべて売却し、何とかして河鹿沢の山を他人に渡さずに済ませることができた。
當他回到家時,菊三郎把家裡的傢俱、書法掛軸和古董全部賣掉,總算設法守住了川路風澤的山,沒有讓它落入他人之手。
しかし、手元に残ったのは、売り物にもならない白い枕屏風一曲のみであった。
その晩、涼風の吹き抜ける夜、菊三郎が眠りに就くと、夢と現実の狭間でカジカの鳴き声に囲まれながら目を覚ました彼の目に、縁側から枕元にかけて点々と濡れた足跡が続いている光景が映った。
さらに、白い枕屏風の表面には、いつの間にか墨の鮮やかさを保ったまま、カジカが谷間で戯れる様子が生き生きと描かれていたのである。
この屏風に描かれたカジカの群れは、観る者に言葉では言い尽くせない不思議な感動を与えた。
やがて河鹿屏風の噂は人々の間で広まり、都から訪れた著名な絵師もその出来栄えに驚嘆し、千両箱を携えて屏風の譲渡を求める者まで現れた。
しかし、菊三郎は決してこの屏風を手放すことはなかった。
その後、菊三郎は屏風を売ることなく、むしろ仕事に励み始めたという。
やがて歳月が流れ、菊三郎が老いて世を去ると、奇妙なことに河鹿屏風の色彩も徐々に褪せ、数年のうちに絵は完全に消えてしまったと伝えられている。
今なお、浄蓮の滝の上方、河鹿沢の渓流では、カジカの美しい鳴き声が絶え間なく響き渡り、往時の伝説を静かに物語っているのである。