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JLPT N1 – Reading Exercise 20
美術館びじゅつかんに行いくと、私わたしは必かならず展示室てんじしつのベンチにしばらく座すわることにしている。世界中せかいじゅうどこでもそうだ。短みじかい滞在たいざいでも長ながい滞在たいざいでも、展示室てんじしつの静しずけさに身みを置おく時間じかんを大切たいせつにしている。展示室てんじしつには、作品さくひんをじっと見みつめる人ひと、静しずかに歩あるく人ひと、ささやき声ごえで語かたり合あう人ひとがいる。だが、どこか特有とくゆうの静寂せいじゃくが漂ただよっている。作品さくひんに向むき合あう緊張きんちょうと、鑑賞かんしょうを終おえて余韻よいんに浸ひたる安堵あんどが混まざり合あった、ほかの場所ばしょでは味あじわえない空気くうきだ。私わたしはベンチに座すわり、周囲しゅういの人々ひとびとや作品さくひんを眺ながめる。窓まどから差さし込こむ光ひかりが、壁かべや床ゆかにやわらかく広ひろがっている。季節きせつによって光ひかりの色いろや強つよさが変かわり、同おなじ展示室てんじしつでもまったく違ちがう雰囲気ふんいきになる。春はるの淡あわい光ひかり、夏なつのまぶしい光ひかり、秋あきの黄金色おうごんいろ、冬ふゆの冷つめたい光ひかり。それぞれの季節きせつごとに、作品さくひんの印象いんしょうも微妙びみょうに変化へんかする。私わたしはそのたびに、「ああ、ここにいるんだな」と実感じっかんする。海外かいがいの美術館びじゅつかんでも、国内こくないの美術館びじゅつかんでも、展示室てんじしつの空気くうきは似にているようでいて違ちがう。ヨーロッパの古ふるい美術館びじゅつかんでは、重厚じゅうこうな静しずけさがある。アジアの現代げんだい美術館びじゅつかんでは、開放的かいほうてきな明あかるさを感かんじることもある。だが、どこにいても、私わたしは光ひかりの色いろや空気くうきの質しつについて特別とくべつな感想かんそうを持もつことはない。ただ「美うつくしいな」と思おもうだけだ。帰国きこくし、いつもの美術館びじゅつかんに足あしを運はこぶ。展示室てんじしつのベンチに座すわり、ふと気きづく。この場所ばしょの光ひかりは本当ほんとうにやわらかい、と。壁かべに映うつる影かげも、作品さくひんの輪郭りんかくも、どこか穏おだやかで落おち着ついている。海外かいがいで見みた強つよい光ひかりや鋭するどい影かげを思おもい出だし、ここではそれがないことに改あらためて気きづく。やがて、展示室てんじしつを出でてロビーに向むかう。人ひとの声こえや足音あしおとが増ふえ、日常にちじょうのざわめきが戻もどってくる。私わたしは「帰かえってきたな」という気持きもちが少すこしずつ大おおきくなる。ロビーの雑然ざつぜんとした雰囲気ふんいきを美うつくしいと思おもったことはないが、なぜか親したしみを感かんじる。好すきとか嫌きらいではなく、自分じぶんの一部いちぶのような近ちかしさだ。先日せんじつ、友人ゆうじんを美術館びじゅつかんに案内あんないした。彼女かのじょは海外かいがいから帰国きこくしたばかりだった。展示室てんじしつで作品さくひんを見みながら話はなしていると、私わたしは驚おどろいた。彼女かのじょには展示室てんじしつの光ひかりや空気くうきが、ただの日常にちじょうの一部いちぶにしか見みえないらしい。私わたしが感かんじているやわらかさや落おち着つきは、旅たびのあとでなければ意識いしきされないのだろう。日常にちじょうが戻もどってきたとき、旅たびは本当ほんとうに終おわるのだと、そのとき知しった。
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