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JLPT N1 – Reading Exercise 127
「1」散歩さんぽとは、歩あるき始はじめることである。外そとに出でてしまえばこちらのもの、いつか必かならず何なにかを発見はっけんする。家いえを出でて歩あるくだけの、いわゆる「ブラ歩あるき」も散歩さんぽのうちなのである。この場合ばあいの「歩あるき始はじめる」とは、玄関げんかんを開あけて、少すこしでも外そとの空気くうきに触ふれたいと思おもったら、即座そくざにそのまま外そとに出でてしまうことを指さす。もう少すこし休やすんでから、とか、天気てんきが良よくなったら、とか、明日あしたこそ歩あるこう、などと考かんがえた瞬間しゅんかん、その散歩さんぽとの縁えんは切きれたと知しるべし。(中略ちゅうりゃく)その場ばで即座そくざに外そとに出でられないのは、一ひとつには無駄足むだあしを恐おそれるからだろう。せっかく出でかけても、何なにも面白おもしろいことがなかったらどうしよう、と考かんがえてしまう。しかし、「2」無駄むだも散歩さんぽのうち。歩あるいて、特とくに何なにもなかった、と感かんじるのは歩あるいたからなのである。「何なにもなかった」と思おもっても、それを「無駄むだ」と考かんがえてはいけない。「何なにもなかった」と判断はんだんできたことをむしろ誇ほこるべきなのである。何なにもない道みちを何なにもないと感かんじられる人ひとは、面白おもしろい道みちを面白おもしろいと感かんじられる人ひと。無駄むだを心配しんぱいするよりも、本質的ほんしつてきに単調たんちょうで退屈たいくつな道みちを、面白おもしろいと感かんじているかもしれないことのほうを心配しんぱいすべきなのだ。せっかく外そとに出でたんだからと、退屈たいくつなのを我慢がまんして歩あるき続つづける必要ひつようはない。自分じぶんの判断はんだんを信しんじて、すぐに引ひき返かえせばいい。もちろん、数多かずおおい道みちの中なかには、すぐには面白おもしろさの伝つたわりにくいものもある。はじめは退屈たいくつに感かんじても、歩あるき進すすんでいくにつれて面白おもしろさがにじみ出でてくる道みちがある。一度いちどは引ひき返かえしたのに、何なにかのきっかけでもう一度いちど歩あるいたとき、実じつに楽たのしく感かんじる、「3」そういう類たぐいの道みちもたくさんある。何度なんども歩あるいて、そのたびに新あたらしい発見はっけんをする道みちもある。たとえば近所きんじょの小道こみちは、子供こどものころから何度なんど歩あるいたことか。若わかいときにはそのときの、年としを重かさねてからは年としなりの楽たのしみ方かたがある。
JLPT N1 – Reading Exercise 128
JLPT N1 – Reading Exercise 129