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기사 상세정보
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大
だい
エ
ジ
プ
ト
博物館
はくぶつかん
、
二
十
年
にじゅうねん
越
ご
し
の
構想
こうそう
実現
じつげん
―
―
歴史
的
れきしてき
遺産
いさん
と
建築
美
けんちくび
の
融合
ゆうごう
한국어
大
だい
エ
ジ
プ
ト
博物館
はくぶつかん
、
二
十
年
にじゅうねん
越
ご
し
の
構想
こうそう
実現
じつげん
―
―
歴史
的
れきしてき
遺産
いさん
と
建築
美
けんちくび
の
融合
ゆうごう
二十年以上
にじゅうねんいじょう
にわたる
構想
こうそう
と
幾度
いくど
もの
困難
こんなん
を
経
へ
て、
総工費
そうこうひ
が1500
億円
おくえん
を
超
こ
える
大
だい
エジプト
博物館
はくぶつかん
がついに
正式
せいしき
に
開館
かいかん
した。
アイルランドの
建築家
けんちくか
ロシェーン・ヘネガン
氏
し
は、2002
年
ねん
にエジプト
政府
せいふ
が
発表
はっぴょう
した
国際
こくさい
設計
せっけい
コンペにおいて、
世界
せかい
各国
かっこく
から
寄
よ
せられた1556
件
けん
の
応募
おうぼ
の
中
なか
から
選出
せんしゅつ
されたが、その
知らせ
し
を
最初
さいしょ
に
受
う
けた
際
さい
には、あまりの
規模
きぼ
の
大
おお
きさに
悪戯
いたずら
ではないかと
疑
うたが
ったという。
結果的
けっかてき
に、ヘネガン
氏
し
と
夫
おっと
のポン
氏
し
による「ヘネガン・ポン・アーキテクツ」の
設計案
せっけいあん
が
採用
さいよう
され、ギザのピラミッド
近郊
きんこう
に、
古代
こだい
エジプトの
遺物
いぶつ
十万点
じゅうまんてん
いじょうを
収蔵
しゅうぞう
する
壮大
そうだい
な
博物館
はくぶつかん
の
建設
けんせつ
が
始
はじ
まったのである。
しかし、その
道
みち
のりは
決
けっ
して
平坦
へいたん
ではなかった。
1992
年
ねん
の
建設
けんせつ
発表
はっぴょう
いらい、エジプト
国内
こくない
の
政変
せいへん
や「アラブの
春
はる
」、さらには
軍事
ぐんじ
クーデター、そして
近年
きんねん
の
新型
しんがた
コロナウイルス
感染症
かんせんしょう
の
世界的
せかいてき
流行
りゅうこう
など、
数多
かずおお
くの
中断
ちゅうだん
や
遅延
ちえん
を
余儀
よぎ
なくされた。
それにもかかわらず、
政府
せいふ
は
観光業
かんこうぎょう
主導
しゅどう
の
経済
けいざい
発展
はってん
を
目指
めざ
し、
開館
かいかん
を
国家的
こっかてき
な
祝日
しゅくじつ
と
位置付
いちづ
け、その
重要性
じゅうようせい
を
強調
きょうちょう
したのである。
大
だい
エジプト
博物館
はくぶつかん
は、
先王朝時代
せんおうちょうじだい
からコプト
時代
じだい
に
至
いた
るまで、
紀元前
きげんぜん
三千年
さんぜんねん
から
七世紀
ななせいき
までの
歴史的
れきしてき
遺物
いぶつ
を
時代順
じだいじゅん
に
展示
てんじ
するという、
単一
たんいつ
文明
ぶんめい
の
博物館
はくぶつかん
としては
世界最大
せかいさいだい
の
規模
きぼ
を
誇
ほこ
る。
特
とく
に、ツタンカーメン
王墓
おうぼ
から
発掘
はっくつ
された
五千点
ごせんてん
もの
遺物
いぶつ
が
一堂
いちどう
に
会
かい
する
展示室
てんじしつ
は
圧巻
あっかん
であり、
来館者
らいかんしゃ
を
古代
こだい
の
世界
せかい
へと
誘
いざな
う。
数千年前
すうせんねんまえ
のパピルスや
織物
おりもの
、
石棺
せきかん
、
陶器
とうき
、そしてミイラ
化
か
された
遺体
いたい
など、
壊
こわ
れやすい
貴重
きちょう
な
遺物
いぶつ
が
二千四百
にせんよんひゃく
平方
へいほう
メートルの
常設
じょうせつ
展示室
てんじしつ
に
整然
せいぜん
と
並
なら
ぶ。
建築面
けんちくめん
においても、
博物館
はくぶつかん
はピラミッドの
威容
いよう
に
配慮
はいりょ
しつつ、
現代
げんだい
建築
けんちく
の
粋
すい
を
尽
つ
くしている。
コンクリートとガラス、
地元産
じもとさん
の
石灰岩
せっかいがん
を
用
もち
いた
外観
がいかん
は、ピラミッド
型
がた
の
幾何学的
きかがくてき
モチーフを
内包
ないほう
しつつも、その
高さ
たか
を
超
こ
えないよう
慎重
しんちょう
に
設計
せっけい
された。
博物館
はくぶつかん
の
屋根
やね
の
傾斜
けいしゃ
はピラミッドの
頂点
ちょうてん
へと
向
む
かい、
建物
たてもの
自体
じたい
が
周囲
しゅうい
の
景観
けいかん
と
調和
ちょうわ
するよう
工夫
くふう
されている。
さらに、
六階相当
ろっかいそうとう
の
大階段
だいかいだん
を
上
のぼ
ると、
時代
じだい
をさかのぼるように
配置
はいち
された
石碑
せきひ
やファラオ
像
ぞう
が
来館者
らいかんしゃ
を
迎
むか
え、
最上部
さいじょうぶ
からはピラミッドを
遮
さえぎ
るものなく
一望
いちぼう
できる。
ヘネガン
氏
し
とポン
氏
し
は、
自然光
しぜんこう
を
館内
かんない
に
取
と
り
入
い
れることにもこだわり、ひだ
状
じょう
の
屋根
やね
から
降
ふ
り
注
そそ
ぐ
光
ひかり
が
石
いし
の
遺物
いぶつ
を
美
うつく
しく
照
て
らす。
これは、
石
いし
が
有機物
ゆうきぶつ
に
比
くら
べて
光
ひかり
による
劣化
れっか
が
少
すく
ないという
特性
とくせい
を
活
い
かした
設計
せっけい
である。
また、
手入
てい
れの
行
い
き
届
とど
いた
庭園
ていえん
や、
重
おも
さ
八十七
はちじゅうなな
トンのオベリスクが
置
お
かれた
広場
ひろば
も、
来館者
らいかんしゃ
に
特別
とくべつ
な
体験
たいけん
を
提供
ていきょう
している。
建築家
けんちくか
として、
世界遺産
せかいいさん
の
隣
となり
に
新
あら
たな
建造物
けんぞうぶつ
を
設計
せっけい
することは
極
きわ
めて
難
むずか
しい
課題
かだい
であったが、ヘネガン
氏
し
らは「
砂漠
さばく
の
台地
だいち
に
新
あら
たな
縁
えん
を
作
つく
る」という
発想
はっそう
のもと、
周囲
しゅうい
の
環境
かんきょう
とのバランスを
常
つね
に
重視
じゅうし
してきた。
博物館
はくぶつかん
が
必要
ひつよう
な
注目
ちゅうもく
を
集
あつ
めつつも、
景観
けいかん
を
損
そこ
なわないよう
水平面
すいへいめん
を
強調
きょうちょう
した
設計
せっけい
が
高
たか
く
評価
ひょうか
され、2003
年
ねん
のコンペでの
選出
せんしゅつ
につながったのである。
現在
げんざい
、ヘネガン・ポン・アーキテクツはベルリンにも
拠点
きょてん
を
構
かま
え、
国際的
こくさいてき
に
活動
かつどう
の
幅
はば
を
広
ひろ
げているが、
同氏
どうし
は
大
だい
エジプト
博物館
はくぶつかん
の
設計思想
せっけいしそう
を
今
いま
も
守
まも
り
続
つづ
けている。
もし
再
ふたた
び
同様
どうよう
の
依頼
いらい
を
受
う
けたとしても、その
根本的
こんぽんてき
なアプローチは
変
か
わらないだろうと
語
かた
る。
大
だい
エジプト
博物館
はくぶつかん
は、
歴史的
れきしてき
遺産
いさん
と
現代
げんだい
建築
けんちく
の
融合
ゆうごう
という
点
てん
において、
今後
こんご
も
世界的
せかいてき
な
注目
ちゅうもく
を
集
あつ
め
続
つづ
けるに
違
ちが
いない。